41(2/2) ― 【 最終話 】
アーザイリイト竜王国の皇帝であるジュライアーツの誕生祭は、生まれた日を挟み、10日間の間、毎年国を上げての祝賀行事を行う。
王宮でも様々な式典や行事が催され、国中の貴族や、大陸の主要な国の代表者が招待されていた。
竜王陛下へと謁見に訪れていた招待客達は、はて? と首を傾げる。
去年の誕生祭。いや、建国記念の際に見た竜王陛下と、目の前に座る竜王陛下が違って見えるのだ。
竜王陛下のイメージは、どことなく儚げで憂いを含んだ美少女。もとい美少年であった。
しかし、今目の前にいるのは、精悍な顔つきをした若々しい青年だ。
美しさは変わらない。
これ程美しい人物は、この世に二人といないだろう。
だから、目の前の青年が竜王国の国王であることは違いないのだろうが、あまりに雰囲気が違うので、不思議に思ってしまうのだ。
招待客達は、首を傾げながら次に竜王の隣に座る正妃マリエッタを見る。
王妃は深紅の髪を高く結い上げ、額には巨大な宝石が煌めく額飾りをしている。
建国記念の時に見た王妃と変わらず美しい。
「けっ」
マリエッタが周りの者には分からないように悪態をついている。
隣に並ぶ夫のジュライアーツは、その小さな言葉に敏感に反応し、肩をビクリと震わせた。
マリエッタは、その美しい顔に微笑みを浮かべて招待客達に、にこやかに対応しているが、親しい者ならば、その瞳が冷ややかな光を宿していることに気づくだろう。
「マ、マリちゃん……」
小さな声でジュライアーツが横に座るマリエッタに声を掛ける。
その声はビクビクと恐る恐るを足して、何だかわからないけれど『ごめんなさい』で割ったような、怖々としたものだった。
マリエッタは招待客が途切れると、席を立つ。
「グレンツ。自室へと戻ります」
「畏まりました」
マリエッタは側で控えていた女官や侍女たちを連れ、深々と頭を下げる宰相グレンツの前を通り過ぎ、自室へと去って行った。
「グレンツっ。僕何かした? マリちゃんに何かした?!」
マリエッタの後姿を見送りながら、ジュライアーツはグレンツへとオロオロと声を掛ける。
「何かしたって、いつも何かしてマリエッタ様の機嫌を損ねているのは陛下じゃありませんか。私は存知あげませんよ」
グレンツは、マリエッタに向ける恭しい態度とは違い、ぞんざいな言葉を自国の国王へとかける。
しかし、フ、と笑顔を作る。
「今は招待客もひと段落しております。マリエッタ様の元へ行かれては」
「ありがとう、グレンツ」
ジュライアーツは玉座から立ち上がると、一番近い庭へと走り出した。
「花を摘みに行かれたか。また、庭師たちが泣き付いて来るな」
グレンツはヤレヤレとため息を吐く。
しかし、その顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。
ジュライアーツが庭にある花を片っ端から摘んでマリエッタの私室へと行くと、中からマリエッタの雄叫びが聞こえてきた。
「分かってる、分かっているわよっ。自分がババァってことぐらい分かってるわよーーーーっっ!!」
「マリちゃんはババァなんかじゃないよぅ。ウプッ」
ノックも忘れてジュライアーツは部屋へと乱入する。
「あらアーツ。来るのが早かったわね」
マリエッタが持っていたクッションが、ジュライアーツの顔面にヒットしたが、そんな些細なことは気にしない。
「うん、グレンツがマリちゃんの所に行くように言ってくれたんだ」
「けっ、あの裏切り者か」
マリエッタは憎々しげに、自国の宰相を切り捨てる。
グレンツに結婚を進めたのはマリエッタだ。
グレンツの寿命が延びることを願ったのもマリエッタだ。
ただ、結婚休暇の後、出勤してきたグレンツが30代前半。下手をすると20代後半に見えるほど若返っていたのにはビックリした。
その上、時をおかずにエリーが妊娠していることが分かったのだ。
おかげで現在のグレンツは、アーザイリイト竜王国の宰相であり、グレンツ・マーマリア伯爵である。
元マーマリア伯爵は、さっさと伯爵位をグレンツに譲った。
本人曰く『孫ちゃんの世話をしなきゃいけないのに、伯爵なんかやっていたら、孫ちゃんとの時間が減ってしまうじゃないか』だ、そうだ。
一人娘の子育てを一切できなかった反動が来たらしい。
マリエッタは面白くない。
(なによなによなによっ! 子どもが出来にくい竜人のくせに初夜に孕ませるって、どんだけよ。それに自分だけ若返ってー)
マリエッタはやさぐれる。
そう、マリエッタは竜魂の儀をしたが、一切外見に変化は無かった。
おばさんのままだったのだ。
若々しい青年竜王の横に立つ、おばさんの竜王妃なのだ。
マリエッタの主治医となっているシューシュは『いやぁー、稀な症例ですからねー。どうなるかなんて判りませんわ』と、呑気にのたまっている。
おもしろくないったら、おもしろくない。
「アーツ。私、家出するわ」
「分かったー。料理長にマドレーヌ作ってもらうー」
「はぁ、何を言っているの。私だけが家出するって言っているの。あなたはお留守番。分かった?」
「いーやーっ! ひどいっ、ひどいっ、何で、何でそんなイジワルを言うのぉ。僕を置いて行くなんてっ。だめっ、絶対にだめっ。僕も行くっ。絶対に行くっ。どうしたって行くもんっ。マリちゃんと離れない。離れたりしない。しーなーいーっ」
ジュライアーツはポロポロと大粒の涙をこぼしながら、マリエッタのドレスを掴んで泣きじゃくる。
「泣けば私が折れると思ったら、大間違いよ。家出するったら、するから」
「家出してもいいから、連れて行ってー」
縋る夫を振り払おうとする妻。
「まあまあ、竜王様も御一緒でいいではないですか。それで何泊ぐらいの予定でございますか」
「そうですわ。皆が一緒の方が楽しいではございませんか」
女官長のシオンと侍女長のエリカがオホホと上品に笑っている。
2人にとってマリエッタの家出に付いて行くのは決定事項だ。
「マリエッタ様。さあ、ワタクシの手をお取りください。マリエッタ様の行くと仰る所が何処だろうと、お連れいたしましょう!」
部屋の外の警備をしていたであろうオスカルーンが、キラッキラしながらマリエッタへ手を差し伸べている。
もちろん薔薇を一輪くわえている。
「ちがう……。違う、違う、ちっがうーっ! こんなの家出じゃあないーっ。ちがうのよーっっ。絶対、ぜったい、私は独りで家出してやるんだからっっ!!」
竜王妃マリエッタの叫びが、辺りにこだまするのだった。
――― おしまい ―――