●美魔女な龍王妃は家出中●

5 (1/2) ―家出初日

ただの静養になった家出とはいえ、城からは出てきているのだから、少しはゆっくりさせてもらおうと開き直ったマリエッタだった。
お付の者たちの至れり尽くせりのお世話を受け、家出初日とはいえ何もすることがないマリエッタは、早々に床につくことにした。
マリエッタが起きていると、お付の者達も待機を余儀なくされるので、お付の者達を職務から解放する意味もある。

「ぐっ、げほっ、げほっ……」
一人寝室でまったりとしていたマリエッタだが、いきなり胸から迫り上がってくるような気分の悪さにトイレへと駆け込む。

「はぁ……だんだん間隔が短くなってきているみたいね」
マリエッタの自嘲げな独り言を聞いている者はいない。

ひと月前から起こり始めた気分の悪さは、一時的なものですぐに正常へと戻る。
そのためマリエッタの体調の変化を知る者は誰もいない。夫のジュライアーツですら気づいてはいない。

しかし、この気分が悪くなる症状は徐々に間隔が短くなり、症状も酷くなってきているような気がする。
どんなに、えずいてもマリエッタの口から吐しゃ物が出ることは無い。ただ胸からせり上がってくるような気分の悪さがマリエッタを苦しめるだけだ。

「悪阻だったらよかったのに……」
トイレに凭れながら自分のペタンコの腹部を触る。

マリエッタは子どもを産んだことがない。
もともと長命な竜人は子どもが出来にくい。そのうえマリエッタは人間だ。
竜人と人間の間に子どもが出来たとは聞いたことがない。

それに、毎週行われる侍医からの健康診断でも、マリエッタに妊娠の兆候は無いと言われていた。
まあ、体調不良も知られていないから、竜人の侍医に、人間のマリエッタの身体は判らないのかもしれないが。

マリエッタは自分の気分が体調の悪さと共に落ち込むのを振り払って、眠るために寝室へと戻り、ベッドへと潜り込んだ。

「で、なんでもう来るかな」
マリエッタが一眠りした夜半。何かの気配に、ふと目を覚ますと、寝室の扉から半分顔を覗かせる竜王であるジュライアーツに気が付いた。
マリエッタが家出していることから、公務にてんてこ舞いになり、長くて建国記念の祝賀行事中、短くても数日はこないと思っていたのだが……。

「マッ、マリちゃん。あのね、ちゃんと公務はやってるよ。やってるから、こんな夜遅くになっちゃったけど。僕マリちゃんに会いたいし……。一人で寝るなんて嫌だよ」
あー可愛い。くそ可愛い。
目を少し潤ませて、こっちを見るジュライアーツは憂いを含んだ美少女で、マリエッタはイラッとしてしまう。

「私は家出しているのよ。もう帰って来いっていうの?」
「違うよっ。マリちゃんが頑張って家出してるのに、そんなこと言わないよ。ただ、マリちゃんと一緒に僕もいたいから、公務を頑張って終わらせて、マリちゃんの所に来たんだよ」
褒めて褒めてと言わんばかりにジュライアーツが、ベッドの上に上半身を起こしたマリエッタの近くへと進みよると、自分もベッドへと腰かける。
ジュライアーツから、花のような甘い香りが漂ってくる。

「あらやだ、アーツあなた臭いわよ」
「えっ、嘘。ごめんねマリちゃん。僕いそいで来たから、まだお風呂入ってないんだ。すぐ入ってくるよ」
「判ってないのアーツ? 臭いって言うのは女性の匂いがするってことよ」
「女性? 今日は舞踏会があったから、その時かな? ちっ、違うからねっ。マリちゃん違うから。僕、公務で何人かの女の人と踊ったけど、いやらしいことなんかしてないし。マリちゃん以外の人と、いやらしいことしようとなんか思わないからっ」
バタバタと手を振って、無罪を主張する竜王。

「ふ~ん、そんな言い訳で妻のベッドに、そんな匂いをさせながら来てもいいと思っているの」
「ホントにホントに違うからっ。マリちゃん信じて~。マリちゃん許して~」
ジュライアーツは半泣きでマリエッタに縋ろうとするが、パシリとその手をマリエッタにはじかれてしまうのだった。