4(2/2)―家出用の家
馬車から降りたマリエッタは、家へと入ろうと扉に手を掛け……ようとしたが、先に扉が勝手に開いた。
「え?」
驚くマリエッタの前に、家の中から人が出てきた。
あくまでマリエッタの一人暮らし用の家である。他の誰も住んではいないはずだ。
買った時に、ちゃんと中は確認したし、鍵はかけていたはず。
今も鍵はマリエッタの手の中にある。
「まぁっ、マリエッタ様。お着きになられたのですね。申し訳ありませんっ。お掃除に手間取ってしまいました」
出てきた人物は、マリエッタに向け、深々とお辞儀をする。
布で、ほおかむりをし、手には箒を持っている。見るからに掃除中という格好だ。
「エリー、なんという不手際ですか。マリエッタ様のご到着予定は知らせておいたはずですよっ。まだ掃除中だなんて、いったいどういうことですかっ!」
「申し訳ありませんっ!!」
ぽかんとするマリエッタの横で、マリエッタの横に待機していた侍女長のエリカが、家から出てきた侍女のエリーを叱っている。
「えっ?ちょっと待って。なんでエリーがいるの」
「勿論マリエッタ様の、お世話をさせていただくためです」
「え?」
侍女を叱るのが忙しそうなエリカに代わり、女官長のシオンが答える。
エリカはマリエッタをそのままに、ズカズカと部屋の中へと入っていく。
「皆、何をしているのですかっ。マリエッタ様がいらっしゃったのに、お茶の用意どころか、お出迎えも出来ていないではないですか。許されない失態ですよっ」
エリカの叱責が家の中へとかけられる。
「「「申し訳ありませんっ!」」」
多数の応(いら)えがあがる。
狭い部屋の中を、何人もの侍女や女官達が忙しく動き回っている。
「失礼いたします。お荷物はこちらによろしいですか?」
「まぁ、騎士様達に荷物を運んでいただくなんて、申し訳ありません」
「いえいえ、マリエッタ様の荷物を運ぶことができるなど、光栄ですよ」
紅薔薇隊の面々が両手に大きな荷物をエリカの指示により家の中へと運んでいる。
「いったいどうなっているの? 家出なのに。一人で暮らすはずなのに……」
呆然とするマリエッタをよそに、何人もの人々が部屋の中を忙しそうに動き回り、数多くの荷物が運ばれて来ている。
おかしい。
自分の家出のはずなのに、部外者感がハンパない。
自分がヘソクリをはたいて買った家なのに。まだ一歩たりとも、家には入っていない。
それなのに、周りの者たちは、勝手知ったる何とやらで、せっせと労働にいそしんでいる。
紅薔薇隊の荷物の搬送の邪魔にならないようにと、マリエッタは扉横へと移動した。
このまま家に入るべきか、力が抜けたマリエッタは玄関先に佇んだまま、周りに視線を巡らせる。
ふと、違和感をマリエッタは感じる。
「あら、この家を買った時、周りに他の家はなかったはずなのに……」
マリエッタの家出用の小さな家の隣には、家出用の家の2倍以上はある大きな建物が建っていた。
しっかりした作りで、新築のようだ。
自分が家を購入した後に、建てられたようだ。
結構広い敷地を購入していたはずだから、この大きな家はマリエッタの家の敷地内に建っているといえる。
「勝手に建てたのかしら? 所有者の私に一言も無しに、こんなことできるのかしら。おかしいわよね」
「どうかされましたか?」
マリエッタの隣で待機しているシオンが頭を捻るマリエッタに声をかける。
「あの家、前は無かったと思うの。何時の間に建ったのかしら」
「ああ、あの家でございますか。私ども側仕えと騎士様達の詰所として建てさせていただきました」
「はぁ?」
さも当たり前という顔をして、シオンが答える。
私の許可は?
ここって、私の私有地だよね。
何、勝手にやってくれちゃっているの。
それに、知らないのが私だけって、どうなの。
マリエッタは頭を抱える。
家出よ。家出をするために私は来ているのよ。
一人でこっそり、誰にも知られることなく。
なんなのこれ。
大勢のお付に護衛の騎士達。準備万端整っているじゃない。
「ただの静養になってる……」
力が抜ける。
わざわざ昨夜ジュライアーツを襲ってまで頑張って家出したのに。
むなしい笑いが漏れるマリエッタだった。