6 ―家出2日目
マリエッタはベットサイドに置かれたベルを鳴らし、侍女を呼びつけた。
ジュライアーツが眠ったマリエッタを清めてくれてはいたみたいだが、入浴して身だしなみを整える。
ジュライアーツはすでにいない。忙しい公務を抜けてきていたのだから、また宮殿に戻ったのかもしれない。
家出用の家は狭く、2階の寝室から階段を下りると、すぐに居間へと着く。
身だしなみを終えたマリエッタが居間へと入ろうとすると、こちらに背を向けて座る、オスカルーン隊長とアンドレーン副隊長の背中が見えた。
二人とも休憩をしていたのか、二人の前には、お茶とお菓子が置いてある。
そして、二人の対面にジュライアーツの姿が。
「それで~、マリちゃんが、いきなりー、いきなりだよ。
紐を取り出してぇ。紐でどうしたと思う?
僕もうビックリしちゃったんだけどー。僕の手をー。
こうね、頭の上でぇ両方共だよ。両方共の手を紐で縛られちゃったんだー。うふっ」
「あー、そうなんですかー」(棒)
「へー、それから」(棒)
「うふふふ。ビックリしちゃうよねー。
でもねー、それから、それからぁ、やぁん、恥ずかしい~。
でもね、言っちゃう!
ぎゅって。ぎゅって胸をつねられちゃってぇ~。
ほらぁ僕はさぁ、手を縛られているでしょう。どうすることもできなくて~」
「あー、そうなんですかー」(棒)
「へー、それから」(棒)
「僕はぁ、マリちゃんにキスしたいのにぃ、すごくキスしたかったのに~。
マリちゃんったら、してくれないんだよー。
もう、マリちゃんったらイジワルだよねぇ。
僕は手を縛られているから~、どうすることも出来ないのにさぁ~。
マリちゃんたら酷いよねー」
「あー、そうなんですかー」(棒)
「へー、それから」(棒)
もじもじクネクネと頬を染めて話し続ける竜王。
棒読みの言葉を繰り返す能面な二人組。
「そしてぇ、マリちゃんがぁー“ゴキィッ!!”
竜王の言葉を、ものすごく痛そうな音が遮る。
「あっ、マリちゃんおはよう!」
頭を殴られた竜王は殴った竜王妃に、にこやかに挨拶をする。
マリエッタに会えて、とても嬉しそうだ。
「いたたた……」
さすが竜王。殴ったマリエッタの手が痛かった。
「アーツ。部下捕まえて、何朝からセクハラしてるのよっ」
「えー、セクハラなんかしないよぅ」
「嫁入り前の御嬢さん達に、聞きたくもない話を無理やり聞かせるのは、
立派なセクハラです。まったくもうっ。
オスカルーン。アンドレーン。休憩中だったのでしょう、ごめんなさいね。
職務に戻ってちょうだい」
「「はっ」」
マリエッタが現れた時点で、すでに椅子から立ち上がり、
直立不動の姿勢をとっていた二人は、
礼をすると直ぐに居間から出て行った。
竜王の相手をしなくてよくなった安堵感がその背中に見て取れた。
「マリちゃん、朝ご飯一緒に食べよう」
ジュライアーツは朝からキラキラと可愛らしさ満載でマリエッタを仰ぎ見る。
部下にセクハラをかます中年(?)男だが、可憐な美少女そのものだ。
「何だかムカつく」
「いだいよ~。マリぢゃんいだいー」
マリエッタの手は無意識に動き、ジュライアーツの頬をつねっていた。
「そうね。朝食にしましょうか。でも、時間は大丈夫なの?」
「大丈夫だよー」
「あら、アーツじゃないわ」
「え?」
ジュライアーツがマリエッタの視線に気づき、居間の入り口を見れば、
侍女長のエリカに伴われた、親衛隊隊長のガイロンがいた。
デカイ。
ガイロンを見た全ての者が最初に、そう感じるだろう。
身長はゆうに2メートルを超えていそうだ。
筋骨隆々という言葉そのものの体躯を騎士の制服に包んでいる。
漆黒の髪を短く切り、瞳も同じ黒。
その底の知れないような瞳で、ヒタとジュライアーツを見つめている。
ガイロンはジュライアーツ付の親衛隊隊長だ。
ジュライアーツの親衛隊はジュライアーツの髪の色から白銀隊と呼ばれ、
騎士団の中でも精鋭が選ばれている。
マッチョだ。全員がムキムキだ。
親衛隊に囲まれるジュライアーツは、騎士達に守られる深窓の姫君のように見える。
「げっ」
可愛らしい容姿に似合わない言葉がジュライアーツの唇から漏れる。
「おはようございます。陛下、マリエッタ様」
ガイロンはその体格に似合わない、優雅な礼をとる。
「ガイロンおはよう。
会いに来てくれて嬉しいわ。離れた場所にいて、ごめんなさいね」
「いいえ、とんでもございません。
マリエッタ様には、昨日ご連絡をいただいておりましたので、大丈夫でございます」
ガイロンの言葉は、連絡を貰ったと言う所の発音が少し強いような気がする。
ジュライアーツがピクリと身体を震わせる。
「陛下と少し、お話がありまして……。陛下をお借りしても?」
「どうぞ、どうぞ」
にっこりとマリエッタは応じる。
「やーん、マリちゃんと朝ご飯食べるー」
「陛下、本日は朝議がございます。時間がございません。
私と一緒にお戻りください。そして、朝議が終わりましたら、私と少し、お話ししましょう。
親衛隊に一言も無く、いなくなってしまう陛下とは、話し合いが必要かと存じます。
ええ、話し合いが必要ですね。
マリエッタ様、慌ただしくて申し訳ありません。また、お伺いさせていただきます」
優雅な一礼をマリエッタにすると、ガイロンは凄味のある微笑みを浮かべ、
国主の首根っこをむんずと掴み、そのままヅルヅルと部屋の外へと連れて行く。
「いや~ん、マリちゃーん」
ジュライアーツの嘆きは伸ばした手と同様にマリエッタまでは届かなかった。
夫と親衛隊隊長を顔の横で手を小さくバイバイと振って見送ったマリエッタは、
二人が見えなくなると、テーブルへと腰かけた。
「朝食でもいただこうかしら」
さて、今日は何をしようか。
マリエッタの家出2日目が始まった。