●美魔女な龍王妃は家出中●

7(2/2) ―来訪者

「本当は式典が終わってから、少しずつ距離を置こうと思っていたの……」
マリエッタはポツポツと言葉を零していく。

グレンツはこの竜人の国で唯一マリエッタと同じ時間を生きる人物であり、
唯一マリエッタと同じ苦しみを知る人物でもある。
だからこそ、マリエッタも本音を語ることができる。
唯一、相談できる相手がグレンツだといえる。

「もうね、無理だと思っているから」
「王妃様っ!そんなことはっ」
慌てて自分の言葉を否定しようとするグレンツをマリエッタは止める。

「ううん。頑張って頑張って、努力して努力して……。
でもね、どうしても私はおばあちゃんになっちゃうの。年を取るのよ……」
いつものマリエッタとは違う弱弱しい声に、グレンツの方が苦しそうな顔をする。

マリエッタは人間。
しかしこのアーザイリイト竜王国で生活している。
時を刻むのが周りの者達と違う。
ましてや自分の伴侶と違うということは、どれ程の苦しみだろう……。

グレンツは竜人ではあるが、ほとんど竜人としての能力を持たない。
その類まれなる頭脳明晰さで宰相の地位まで上り詰めてはいるが、
竜人としては出来そこないだ。
能力と寿命が比例する竜人の世界で、若い年代であるはずの50代にもかかわらず、
人間と同じ、壮年の外見をしている。

年を取るということを、老いるということを嫌でも知り、理解できる。
マリエッタの苦悩に共感することが唯一できる竜人といえる。

「少しずつ距離を取って、公務も差し障りなく引き継ぎしていこうと思っていたんだけど……。
式典でちょっとムカついちゃって。
思わず城を飛び出しちゃったの。ごめんなさいね」
「ですが国王様はマリエッタ様が離れて行くことを許すとは思えません」
「もうねー、疲れたと言うか、もういいやって言うか」
マリエッタはグレンツに投げやりな態度を見せるが、
グレンツはマリエッタが、その身の内に、どれ程の未練を抱えているかを知っている。

「アーツが色んな女性達からアプローチを受けるたびに、
自分がすごく邪魔な存在に思えちゃって。
アーツが、いつこの手を離すんだろうって思うと、
先にこっちから離してやろうって思っちゃったのよね」
マリエッタは自分の掌を見つめる。

美しい手だ。
白く滑らかで、爪も整えられている。
しかし、歳と共に華奢さは失われ、どうしても節々や骨が太くなってしまっている。

マリエッタが竜人の夫と距離を置こうと思ったのは、
急な思い付きではない。
自分の老いを感じ始めた時から、少しずつその思いは湧き出てきた。
周りのあからさまな視線も感じていたが、自分が身に染みて思ってしまったのだ。

―― 若く美しい竜王に、年を取った人間の妃は相応しくない ――

まだ、思いは漠然としていた。
何時かは離れなければならないとは思っていたが、
目をつむってズルズルと時期を引き延ばしていた。
それなのに、マリエッタには時間がなくなった。
マリエッタの身体に異変が起きたのだ。

身体の真ん中に、なにかドロドロとした異物が蠢いているような具合の悪さが急に襲ってくるようになった。
まだ数日に一度、起きるか起きないか。
しかし確実に、起こる間隔は短くなってきている。

見えない何かが背中を押しているようだ。
踏ん切りをつけるのには良かったのかも知れない。


マリエッタは小さな家を買った。
まず、夫と距離を取らなければ。
ジュライアーツはマリエッタのことを今は愛してくれているだろう。
急にマリエッタがいなくなるのは不味い。
少しずつ距離を取りたいが、マリエッタにどれ程の時間が残されているのかは判らない。

竜王妃のマリエッタは全てが公に晒されている。
家を買うことも、家出することも。
周りからは、マリエッタのやっているとは、ワガママにしか見えないだろう。
それでも、マリエッタはやらなければならない。

「グレンツ。アーツのことを、お願いするわね」
グレンツは、マリエッタの言葉を即座に断ろうと、口を開こうとしたが、
マリエッタのあまりにも辛そうな顔を見てしまい、言葉を発することが出来なかった。