●美魔女な龍王妃は家出中●

8(1/3) ―【番外】家出用の家での、日がな1日

マリエッタが今いる家出用の家は、王宮に比べると、警備はザルだ。
自分付きの“紅薔薇隊”が警備を担当しているだけなのだから、人数からして違う。
襲うなら今がチャンスといえるかもしれない。

しかし、この大陸で竜人に敵う者たちは、そうそういない。
紅薔薇隊は全員が竜人だし女性とはいえ精鋭を選りすぐられた者達だ。
そんじょそこらの人間や男達では歯が立たないだろう。
もし、マリエッタ達を襲おうと思うなら、何十人もの竜人が一度に来なければ無理といえる。

……しかし、マリエッタの家出用の家で、それは起こってしまった。

「いやーっ。誰か、誰か助けてーっ」
絹を裂くような侍女の悲鳴が響き渡った。

「どうしたっ!」
食堂から発せられた悲鳴に、すぐに紅薔薇隊が動き出す。

厳しい訓練を受けた隊員達だ。ただ駆けつけるだけではない。
ありとあらゆる事態を想定し、冷静に隊員たちは動いていく。
賊が侵入している場合にも備え、逃走経路を潰すため、玄関や裏口、窓にも数名が配置に着く。
食堂には隊長のオスカルーン他3名が駆けつけた。

オスカルーンは、まず入り口で一旦止まる。
すでに全員が抜刀している。
人命が一番優先だか、彼女たちはマリエッタの親衛隊だ。
事によっては、侍女を見捨てる事態になるかもしれない。

緊張のまま、オスカルーンは手だけで他の隊員を制して中を伺う。
食堂の隅で、2人の侍女が抱き合うようにして、うずくまっている。
侍女の他に人影はない。
オスカルーンは、隊員に中に入るようブロックサインを送る。 誰一人、口をきく者はいない。
全員が素早い動作で、一斉に食堂へと突入する。
食堂には裏口がある。そこから賊が逃げたのかもしれない。

「どうしたっ。何があった」
オスカルーンは侍女に声を掛けるが、それは何時も発せられる甘い声とは違う。
何があったのか、的確に情報を得なければならない。

侍女達も王宮に勤める者達だ。
最後は身命を賭して国の為、王族の為に尽くすのが当たり前。
泣いている場合ではない。

「あ、あそこに……」
震える指で一点を差す。
恐ろしいのか、視線は下を向いたままだ。
指差された場所を紅薔薇隊の隊員たちは見た。
そこには……。

「ぐ」
「うわっ」
「な、なんだと」
「まさかっ」
全員が動けなくなってしまった。
まさか、こんなことが……。
予想外の事態に隊員全てが動揺する。

紅薔薇隊の隊員達は厳しい訓練を受けた者達だ。
どんな困難に遭遇しようとも、冷静かつ沈着に行動しなければならい。
動揺など、してはならないのだ。

オスカルーンは年若いが紅薔薇隊の隊長だ。
隊長としての責任もあるし矜持もある。
だからこそ自分の感情だけで嫌なことを部下に押し付けるようなまねはしない。
しないのだが……。

「ア、アンドレーン」
「無理ですっ!」
副隊長のアンドレーンの名前を呼べば、拒絶の言葉が返ってきた。
どんな危険な場所へでも、我が身を庇うことなく率先して突撃していくアンドレーンとは思えない即答だった。

今までは、どんな難題が起ころうと、自分自身で解決してきたオスカルーンだが、どうすればいいのか、途方にくれてしまった。

「いやーっ!」
「こないでっ、こっちにこないでっ」
オスカルーンが頭を抱えている間に、その問題が動き出した。
解決へ動き出したのではなく、物理的に動き出したのだ。
うずくまっていた侍女たちは、自分達の方へと問題が近づいて来たのを知り、パニックに陥っている。

「皆さん、落ち着いて。大丈夫です。落ち着いて、うわぁっ」
「ぎやぁっ。こっちに来るなー」
侍女達を諌めようとした紅薔薇隊の隊員も、問題の予測のつかない動きに悲鳴を上げる。

「お前達、なにをしている、そんなことで、おわぁっ」
「だいじょうぶですか、隊長ーっ」
「うわぁっ、こっちに来るなーっ」
この狭い家出用の家の食堂で大騒動が繰り広げられているのだった。