●美魔女な龍王妃は家出中●

1(2/2)―竜王妃マリエッタ

「けっ」
アーザイリイト竜王国の正妃であるマリエッタが周りの者には判らないように悪態をつく。
隣に並ぶ夫であり、国王のジュライアーツは、その小さな言葉に敏感に反応し、肩をビクリと震わせる。
マリエッタはその美しい顔に微笑みを浮かべて招待客達に、にこやかに対応しているが、親しい者ならばその瞳が冷ややかな光を宿していることに気づくだろう。
マリエッタはこのアーザイリイト竜王国のただ一人の正妃である。
だが、竜人ではなく、脆弱な人間だ。
ガリーア大陸の東の端、ケノン公国という小国の農家の娘だった。ある日、竜王ジュライアーツが突然飛来し、攫われるようにして、このアーザイリイト竜王国に連れてこられた。泣いて喚いて抵抗したが、人間がどんなに騒ぎ立てたところで、竜人に敵うわけもなく、その日からマリエッタはこのアーザイリイト竜王国の正妃となった。
無理やり連れてこられ、無理やり妃にとされたマリエッタだったが、人間の王妃というだけで、周りの者達はマリエッタに冷たい態度をとった。
マリエッタは毎日泣き暮らし、絶望するかと思われた。が、そんなことはなかった。
竜人はもともと子どもができにくい。それも力の強い王族ともなるとなおさらで、生涯で一人、多くて二人の子をなせばよしといわれている。
それなのにマリエッタは連れ去られた次の年に第一王子を出産した。それから次々に男の子二人、女の子三人を出産し、計六人の子どもの母となった。
ポンポンと子どもを産み続けるマリエッタを竜王国では歓待するようになった。今では次代の国母として、それはそれは大切にしてくれている。

「マ、マリちゃん……」 小さな声でジュライアーツが横に座るマリエッタに声を掛ける。その声はビクビクと恐る恐るを足して、何だかわからないけれど、ごめんなさい。で割ったような、怖々としたものだった。
朝から何十人の者達に謁見されたか判らない。マリエッタも大概疲れているだろうが、それとは違う機嫌の悪さに思われる。 今はマリエッタの実家のあるケノン公国のダイアンザイス公と、その娘リリイアナ姫が挨拶を述べている。
ダイアンザイス公は精一杯のおべんちゃらを言い。その横でリリイアナはジュライアーツに対して、頬を染め、熱いまなざしを送っている。
マリエッタが側近くに立つ宰相、グレンツ=ソラリアットにチラリと目線を送る。
グレンツはすぐにマリエッタの意図を察し、行動へと移す。
「ケノン公国ダイアンザイス公。そのご息女リリイアナ姫。 遠路はるばるご苦労であった。部屋を準備している。疲れを取られ、建国の奉祝行事を楽しんでいかれよ。」
ダイアンザイス公のまだ続くであろうおべんちゃらをグレンツの言葉が遮る。
ジュライアーツはただ座っているだけで何も言わない。ダイアンザイス公がいかに国主であろうと、アーザイリイト竜王国の属国である以上、竜王からの言葉かけは無い。
無理やり感のあるグレンツの言葉にダイアンザイスは戸惑いを見せるが、娘を伴いその場を辞していった。
「グレンツ。自室へと戻ります。」
「畏まりました。」
マリエッタは席を立つと側で控えていた女官や侍女たちを連れ、深々と頭を下げるグレンツの前を通り過ぎ、自室へと去って行った。
隣に座る夫には一言どころか視線ひとつ送らない。

「グレンツっ。僕何かした? マリちゃんに何かした?!」
マリエッタの後姿を見送りながら、ジュライアーツは壮年の宰相へとオロオロと声を掛ける。マリエッタが自分を無視したことや、さっさと一人で退席したことなど問題では無く、マリエッタの気分を何が損ねているのか、心配はそこだけだ。
「何かしたって、いつも何かしてマリエッタ様の機嫌を損ねているのは陛下じゃありませんか。私は存知あげませんよ」
グレンツは、マリエッタに向ける恭しい態度とは違い、ぞんざいな言葉を自国の国王へとかける。
グレンツの態度が如実に物語っているが、このアーザイリイト竜王国で一番偉いのは王妃マリエッタであり、アーザイリイト竜王国の実権を握っているのも王妃マリエッタなのである。
マリエッタがアーザイリイト竜王国に嫁いできて26年。初めは脆弱な人間だ。全てが竜人よりも劣る人間だ。と、蔑まれ、虐げられてきたマリエッタだったが、夫を尻に敷き、公務を取り仕切り、子ども達を立て続けに生んできた。
今では、マリエッタにアーザイリイト竜王国で逆らえる者は誰一人としていない。アーザイリイト竜王国にはなくてはならない人物となっているのだ。