10(1/3) ― 説教をされるのは国王
「陛下、マリエッタ様のことをどう思っているのですか?」
マリエッタの家出用の家の居間。
家主のマリエッタは王宮に向けて出かけてしまい、ここにはいない。今は宰相であるグレンツと国王であるジュライアーツが顔を突き合わせて、お話中だ。
夫婦間のことにグレンツは口出ししようとは思わない。
しかし、ジュライアーツはアーザイリイト竜王国の国王。それも強い力を持った竜王だ。
思いつめたマリエッタが何らかの行動を取った時(それもグレンツ達の困る方向にだ)妻のこととなると見境がつかなくなる竜王は暴走するだろう。
絶対に、確実に暴走する。
国を揺るがすどころか、ガリーア大陸自体が危機に陥ることになってしまう。
それは絶対に阻止しなければならない。が、それとは別にグレンツ個人としては、マリエッタを心配している。
なんとかマリエッタの憂いを取り除くことが出来ないだろうかと。いや、取り除けないとしても軽くは出来ないかと思っているのだ。
そんな宰相の思いは目の前の拗ねた竜王には、あまり届いてはいないようだ。
ぐっすり眠っていた所を叩き起されたからなのか、起きた時にはすでにマリエッタがいなかったからなのか、ジュライアーツはグレンツと目を合わせないどころか、横を向いて、机の上に“の”の字を書いている。
「陛下、どうなのですか?」
「勿論マリちゃんのことはチョー愛してるよ」
「その“思っている”ではありません」
グレンツはピシャリと言い切る。
ジュライアーツが話を逸らそうとしているのは丸わかりだからだ。
今からグレンツに何を言われるのか、薄々わかっているのだろう。
「マリエッタ様がこの頃、思いつめておられることに、陛下は気づいていらっしゃるのでしょう?
それなのに何故、放っておかれるのですか」
「判ってるよ。勿論、判ってる……」
グレンツの問いに、呟くように答えるジュライアーツ。
「僕はマリちゃんが困っているなら助けたいし、悩んでいるなら力になりたい。
僕は僕の持っているもの全部、使ってでもマリちゃんの力になりたいんだ。
それなのに……。
マリちゃんは言ってくれない。僕には何一つ言ってくれないんだよっ。
僕はマリちゃんが何に悩んでいるのかも判らないんだ!」
ジュライアーツの思いつめた表情から、最愛の妻から頼りにされていない悔しさと情けなさが見て取れた。
「陛下、マリエッタ様は年を取ることをとても気にかけていらっしゃるのですよ」
マリエッタの心を思えば部外者であるグレンツが口を出すべきことでは無い。
しかし、マリエッタもジュライアーツも苦しんでいる。
グレンツは、少しでもいい方向に進んでほしい。少しでも憂いを軽くしたい。そう思ってしまったのだ。
「え、年を取る? 年を取るって、年齢のこと? どういうこと?」
ジュライアーツはグレンツの言葉を理解できないのか、キョトンとした表情を見せる。
「マリエッタ様は自分が老いて行くことを気にしていらっしゃるのですよ」
「そんなことないっ。マリちゃんは若いよ!」
グレンツの言葉を理解すると、まるでマリエッタを侮辱されたと思ったのか、ジュライアーツは強く否定する。
「そうですね。私もそう思っております。
ですがマリエッタ様本人は、そうは思っていらっしゃらない。
マリエッタ様は人間。竜人とは年の取り方が違うのです。自分が先に老いるのを気に病んでいらっしゃるのですよ」
「そんな……」
ジュライアーツは、考えてもいなかったのか、言葉を失ったのか、続く言葉が出ないようだ。