10(3/3) ― 説教をされるのは国王
「グレンツ。アーザイリイト竜王国には竜人以外の者も数多く住んでいるよな」
「はい、左様でございます」
グレンツはいきなり話題が変わったことをいぶかしむが頷く。
アーザイリイト竜王国の約2割の者達が竜人ではない。
招聘(しょうへい)された学者だったり商売人だったりと、様々な理由の元この国で暮らしている。
「アーザイリイト竜王国で暮らす竜人以外の者達の中で、竜人の番となり、竜魂の儀を行った者がどれぐらいいるか知っているか?」
「それは……。申し訳ありません、存じておりません」
グレンツは、いきなりの質問に戸惑う。
竜人以外の者達が2割も生活しているのだから、当然、竜人と番(つが)う者も出てくるはずだ。
そういう話を今まで一度も聞いたことがなかったことにグレンツは初めて気づく。
他の種族の者達が竜人と番う可能性があると、なぜ1度も考えなかったのだろうか。
マリエッタが竜人ではないと知っていたはずなのに。
「ゼロだ」
「え?」
「ゼロ。一組もいない。竜人と他種族の番で竜魂の儀を行った者達は一組もいない。
……いや違うな。行った者達はいなくなってしまうのだ」
「どういうことですか、いなくなるとは? なにか理由があるのですか?」
ジュライアーツの返答にグレンツは意味が分からずに頭を傾げる。
少なくはない他種族の者達が、竜人と番になっている可能性は多いだろう。
それなのに一組たりとも竜魂の儀を行っていないなど、あり得るのだろうか。
まさか他種族との恋愛では竜人は本気にならない?
ジュライアーツとマリエッタを間近で見ているグレンツには、そのことは信じられない。
竜人は力が強い分、本能も強い。
本能は他人に教わるものでは無く、生まれ持っているものだ。
だから変えられないし、抑えることも難しい。
本能の中で一番強いと言われているのが、自分の番に対する執着だ。
番を求め、その番と共にあることを本能が欲する。
番を見つけると、囲い込み、決して手放したりはしない。
だからこそ、番を見つけると竜魂の儀を、すぐにでも行いたいと思うのだ。
番と同じ魂になり、死ですら二人を分かつことができなくする為に。
それほどまでに竜人の本能は強いものなのだ。
それなのに……。
「竜魂の儀を行うからだ」
「え? 竜魂の儀を行う者がいないのでしょう?」
ジュライアーツの言葉にグレンツは戸惑う。
言っている意味が分からない。
「通常の竜魂の儀は、竜人同士が自分の鱗を相手に渡して互いに飲み込む。
そうだな」
「はい。そうです」
「だが、他種族との場合は、どうする? 竜人でない者に鱗はない。
片方の竜人が鱗を渡し、相手のみが、それを飲むことになる。
もうそれは竜魂の儀ではないだろう」
「そう、ですね……」
互いに相手の鱗を飲む。それが竜魂の儀だ。
では片方しか飲まなかったら魂は結ばれないのだろうか?
「いくら鱗を持たない他種族の者が相手だとしても、竜人は自分の番となった者と竜魂の儀をやろうとする。
それは本能だ。
自分の愛する者と自分の魂を結びたいと思うのを竜人は抑えることができない」
ジュライアーツは淡々と語る。
そこには一切感情が込められてはいない。
それなのにグレンツには、ジュライアーツの苦悩が見える気がする。
「自分達は大丈夫。自分達は本当の番なのだから大丈夫。
そう思う竜人は相手に自分の鱗を飲ませる。自分の本能を押さえることが出来ないからな……」
ジュライアーツは一旦言葉を切る。少し大きな息を吐き、また話始める。
「この世界では竜人が一番強い。
それは肉体的だったり、生命力だったり、他の種族より全てにおいて優れている。
そんな竜人の竜気の塊である鱗を飲まされた他種族の相手は、身の内にあまりにも強い力を取り込むことになり、それに耐えられない……。
そのまま息絶えるのだ」
「そんな……」
疲れているような、泣いているような、そんな表情のジュライアーツから目を逸らすことができずに、グレンツは何も言うことができない。
「竜人は番と決めた者と、竜魂の儀を行いたいという本能がある。
しかし竜魂の儀を行うと相手は死ぬ。
相手への愛情と自分の本能。
竜人の番になる他種族の者は多い。しかし、続かない……。
続かないのではなく、相手が亡くなってしまう。番が死んでしまうのだ。
竜人と他種族では、竜魂の儀は行えない。行ってはいけない。
相手を愛しているのなら絶対にだっ!」
ジュライアーツの瞳には、強い思いが込められていた。
ここにはいない、自分の番を思っているのだろう。
愛しい番を見つけているのに。愛しい番を抱きしめているのに竜魂の儀を行わない。
そんなことが出来るのだろうか。
荒れ狂う本能を押さえこむことが自分に出来るだろうか。
グレンツは、目の前の竜王を見る。
類を見ないと言われる程に竜人として強い力を持つと言われている。
力が強いということは、比例して本能も強いということだ。
それなのに、自分の魂の番と公言する伴侶を得ながら、26年もの間、竜魂の儀を行わなかった。
「陛下……」
グレンツはジュライアーツに何と声をかけていいのか判らない。
ジュライアーツの苦しみをグレンツは気づいていなかった。
竜魂の儀を行うと相手を死なせてしまう。
だが竜魂の儀を行わないと、相手は先に寿命で死んでしまうのだ。
ジュライアーツには愛しい番に先立たれ、残されてしまう未来しかないということに。
“リリリーーン”
それ程大きな音ではないが、澄んだガラスをぶつけたような音が何処からともなく聞こえてきた。
「マリちゃんっ!!」
今迄、淡々とグレンツへと話をしていたジュライアーツが鋭い声を発する。
「陛下っ。どうされたのですか」
「マリちゃんが襲われている」
「なんですとっ」
ジュライアーツは、グレンツの問いに答えるよりも先に部屋を飛び出していった。
「陛下っ、どうされたのですか?」
「陛下、どちらへ行かれるのですか?」
「陛下、お待ちくださいっ!」
部屋の外や、家の周りを警備していた、白銀隊の者たちの声が次々と聞こえてくるが、ジュライアーツの返答は聞こえない。
グレンツも慌てて部屋を飛び出したが、すでにジュライアーツは大きな翼を広げ、空へと飛びあがっていた。
「へいかーっ!!」
グレンツや白銀隊の者達の声がジュライアーツに届くことは無い。
「おまえらっ!陛下を追うぞっ、急げっ!!」
「はっ!!」
白銀隊隊長ガイロンの怒鳴り声に、白銀隊の者達はすばやい行動をとる。
次々と馬にまたがると、ジュライアーツが飛んで行った方向へと馬を走らせる。
グレンツは、それをただ、見つめることしかできないのだった。