11(1/2) ― 王宮へと向かう途中
マリエッタの家出用の家がある場所は、それほどまで王都から離れてはいないが、周りは田舎だ。
馬車が通る道も閑散としている。
オスカルーンは気を引き締め、辺りに目を光らせる。
しばらく進んでいくと、馬車は林の中の道へと入って行く。
馬車の先頭に馬を走らせている副隊長のアンドレーンが、振り向くことなくオスカルーンへ向けて合図を送ってくる。
「出たか……。バカな奴らだ」
オスカルーンの口から、ため息のような諦めの言葉が漏れる。
前方の林の中から、わらわらと男たちが出てくるのが確認できた。
人数は10人を超えている。
全員が手に刀や鉈のような大ぶりな得物を構えている。
身なりはそんなに悪くはない。野党ではないのだろう。
誰が後ろで糸を引いているのか……。
余りにも愚かだ。なぜ自分の首が締まると分からないのか。
オスカルーンは胸に下げていた小さな巾着からコイン大の欠片を取り出す。
透明でキラキラと光るそれは、オスカルーンが強く握りしめるとポロポロと崩れていき、跡形も無くなってしまった。
紅薔薇隊の隊長と副隊長に渡されている、竜王陛下の鱗。
この鱗は1度だけ、竜王陛下へと連絡を取ることができる。
マリエッタに危険が迫った時にだけ使う、一方通行のアラームのようなものだ。
手の中から鱗が全て無くなったのを確認すると、オスカルーンは指笛を吹く。
馬車を少し離れて取り囲むように護衛していた紅薔薇隊の隊員たちが一斉に、決められた行動を起こす。
馬車は止まることなく走り続けているのだが、車体に近づき窓に覆いを被せる。
マリエッタの乗る馬車は窓の内側にカーテンはあるが、外側にも覆いが取り付けられている。
車内からは、覆いを取ることは出来ず、外から覆いを被せられると、中にいる者は、外を見ることが出来なくなる。
「マリエッタ様。これから少し道が険しくなっております。少々揺れるかもしれません。砂埃などが酷いようですので、窓を閉めさせていただきます」
マリエッタの座っている側の窓から覆いを被せる前にオスカルーンは声を掛ける。
「分かったわ。皆も気をつけてね」
「ありがとうございます」
マリエッタの言葉に艶やかな笑みを返す。
この覆いは特別性で、この覆いを被せると、外からの音が中からは聞こえにくくなる。
車内には魔石灯が配置されており、暗くなることはない。
これで準備はできた。
紅薔薇隊は距離を詰め馬車を囲む。
我が身を盾にすることは当たり前のことだ。
オスカルーンはマリエッタの一番近くに控える。
副隊長のアンドレーンは先頭で、最初に賊と対峙する。
紅薔薇隊の役目はマリエッタを守ること。
そのためだけに紅薔薇隊は存在する。
賊達が馬車の前に通せんぼをするように立ちはだかる。
距離はまだ少しある。
「邪魔をするなっ!この馬車には高貴な方が乗っておられる。
邪魔をする者は成敗するぞっ!」
アンドレーン副隊長の朗々とした声が響き渡る。
賊達は、アンドレーン副隊長の言葉に、ニヤニヤとした表情を見せるだけで、道を開けようとはしない。
それどころか横一列のまま、襲いかかろうと得物を掲げ、馬車に走って向かってくる。
マリエッタの乗った馬車は、そんな賊達を、まるで目にしていないように走っている。
止まらないし、速度を下げることすらしない。
前方に賊が待ち構えていることなど、関係ないように、同じ速度を保ったまま、賊達の待ち受ける前方へと走り続ける。
賊達は、並んで邪魔をする自分達を馬車が突き破って、逃走しようとしているのだと思ったようだ。
近づいて来る馬車に飛びかかろうと、間合いを計る。
紅薔薇隊の者たちは既に全員が抜刀している。
馬車はただ進み続ける。
紅薔薇隊は全員がピッタリと車体自体を隠すように、車体の周りを取り囲み、馬車の速度に合わせ並走している。
その動きは見事なもので、どれほどの訓練が行われたのか伺うことができるようだ。
賊達が一斉に馬車に飛びかかろうとした、その瞬間。大きな羽音が聞こえてきた。
「いらしたか」
呟いたオスカルーン隊長は、音のする方を見もしない。
これから何が始まるのか知っているから。
オスカルーンの職務はマリエッタを守ること。
何が起ころうが、それは変わらない。
馬車にピッタリと寄り添い、走って行くだけだ。