11(2/2) ― 王宮へと向かう途中
※ 残酷な描写あり。ご注意ください。
馬車に今にも飛びかからんとしていた賊達の真ん前に、一人の青年がいきなり降り立った。
空から降って来たであろう青年に、賊達は驚愕する。
いくら林の中の道とはいえ、木から飛び降りてくるには距離がありすぎる。
どこから来たのか皆目見当もつかない。
賊達は全員、その青年に注目してしまった。馬車は、その間に賊達の横を通り過ぎて行く。
慌てて馬車を追おうとした賊達だったが、それは叶わなかった。
それからは、あっという間のできごとだったからだ。
青年が振り返った瞬間に3人の賊の首が宙に舞った。
一瞬遅れて、辺りに血しぶきが飛び散る。
「うわあっああっ」
賊の1人が驚愕の声をあげる。自分の足元に仲間の生首が落ちてきたのだ。
賊達は何が起こったのか判らなかった。
いきなり3人もの仲間が、物言わぬ躯(むくろ)に成り果ててしまっていたのだから。
辺りに濃厚な血の匂いが立ち込めてきた。
声を上げた賊が、尻餅をつき、そのまま後すざろうとしていたが、動きを止めた。
胸を青年の腕が貫通している。
「が、がが、ぐぅ」
意味のなさない言葉が賊の口から洩れていたが、大量の血が吐き出され、喋ることは叶わない。
青年の腕がズルリと引き抜かれると、そのまま仲間の生首の横へと、ゆっくりと倒れ込んでいった。
もう一体、躯が増えた。
「なっ、何なんだよっ!何したんだよっ!」
「てめえっ、よくもっ!」
余りの出来事に、動くことも忘れていた賊達だったが、我に返ると一斉に怒鳴りだした。
しかし、一人たりとも、青年へと襲い掛かろうとする者はいない。
得体の知れない青年が恐ろしいのだ。
青年は両手をダラリと下げたまま、動くことはせず、俯いている。
全てが美しい青年だった。
決して体格がいいわけではない。どちらかと言えば華奢だ。
顔立ちは整っているし、装いも高級な物を纏っている。
どこかの貴族か、豪商の息子といった風体だ。
だが今は、その白皙の面は返り血で濡れ、手の先には血が滴っている。
ゾットする光景なのだが、壮絶な美しさがある。
「ばかやろうっ! お前ら何ボーッとしてるんだっ。しっかりしろっ。相手は1人。それも武器も持ってねぇっ。ビビッてんじゃねーぞっ!」
頭(かしら)と思われる男が怒鳴る。
雰囲気に飲まれていた賊達が、正気に戻ったように、動き出す。
相手はたった一人。それも男か女か判らない華奢な身体をしている。
不意を突かれて仲間はやられたが、相手は今、武器を持っていない。
仲間を殺った時に、武器を投げつけたのだろう。
ならば、もう攻撃できないはずだ。俺達を襲うことは出来ない。
それに、仲間は10人近く残っている。
ユラリ。と、青年が面をあげた。そして、賊達の方へと視線を向ける。
「許さない。マリちゃんを襲うなんて、許さない……」
小さな声の呟きは賊達には聞こえない。
それなのに、賊達の全身に震えが走る。
身体の震えが止まらない、喉はカラカラだ。
だが、賊達は身体からの本能の警告を無視した。
生き残りたい。そのために。
「うおりゃあーっっ」
「やっちまえーっ」
「死ねーっ!」
全員で青年へと襲い掛かった。
―――― 賊達の命は失われた。
白銀隊の隊員たちが馬で、出来る限りの速さで現場に駆け付けた時には、辺り一面は血の海だった。
十数人の人間の死体が転がっており、その中央に、おびただしい返り血を浴びた華奢な青年が佇んでいた。
その顔には一切の表情は無い。まるで美しい人形のように見える。
それなのに、その身体から発せられる膨大な竜気に、近づいた隊員たちは、身体の芯から震えがくるような恐怖を覚えてしまった。
「あっちゃ~。どんなに急いでも、無理っすよねー。陛下速すぎ。
いや、速い方がマリエッタ様達は安全だからいいんですけどね~」
白銀隊副隊長のゼン=サイデンがため息を吐く。
「陛下、一人ぐらい残していただかないと、犯人の捜査に支障がでます」
隊長のガイロンが馬から降りると、佇む青年、ジュライアーツに苦言を呈する。
怯えを隠せない隊員たちの中で、この二人だけは怒気を発する竜王に、何のためらいも無く近づいて行く。
「ん」
ジュライアーツは足元の死体を軽く蹴る。
死体と思われた男は、逃げないようにするためか、両足があらぬ方向を向いていたが、生きてはいるようだった。
隊員達は、すでに慣れた作業のように死体を簡単に片付けると、囚人を連れ王宮へと向かって行った。
紅薔薇隊はマリエッタを守るために存在する。
それは、命はもとより身体と心も含まれている。
自分が襲われているとマリエッタに知らせない、悟らせない。
それも紅薔薇隊に課せられた使命の一つだ。
「マリエッタ様。悪路が終わったようです。覆いを外させていただきました」
オスカルーン隊長が車内のマリエッタに声をかける。
マリエッタは、昨夜の睡眠不足のせいか、まどろみの中にいた。
「どうぞ、ご安心してお休みください」
オスカルーンの顔に笑みが広がったのだった。