12(2/2) ― 親衛隊
ガリーア大陸最強。いや、この世界最強というべき竜王を襲おうというものは、そうそういない。
そして、襲うことのできない竜王の最大の弱点は妃のマリエッタだということは周知の事実だ。
その上マリエッタは脆弱な人間。竜王の代りにマリエッタが標的にされるのは明白だ。
竜王が襲われたとしても、竜王は犯人を捕まえ、所定の刑罰を受けさせるだけだ。
しかし、マリエッタが襲われるとなると、竜王の怒りは凄まじい。
犯人が捕まった後でさえ、怒りはなかなか収まらない。
白銀隊の隊員達でさえ、竜王の怒りの竜気に怖気づいてしまう。
ガイロンから竜王が襲われる方がいいという所以だ。
マリエッタには知られないようにはしているが、竜王の報復は残虐極まりない。それも隠すことなく、すべてに知らしめる。
そのおかげか、滅多にマリエッタが襲われることは無くなっていた。
それなのに、ここ数カ月、マリエッタは頻繁に襲われている。
「生き残った賊の証言では“ロイデン伯爵から依頼を受けた”と言っている」
ザガーリオの言葉に、その場の全員が怪訝な顔をする。
「え、ロイデン伯爵? ロイデン伯爵がマリエッタ様を襲う理由が判りませんね」
「ロイデン伯爵は、マリエッタ様と良好な仲とは言えませんが、マリエッタ様を襲うとは考えられません。
マリエッタ様を襲っても、ロイデン伯爵には旨みが無い」
「ロイデン伯爵は、国から依頼された北方地方の灌漑工事に出向いているはず。
王都にいもしないのに、マリエッタ様の襲撃を企てるだろうか?」
皆、口々にロイデン伯爵のマリエッタ襲撃に疑問を呈する。
「ああ、私もそう思う。多分、ロイデン伯爵を誰かが陥れようと、名を語っているのだろう。だが、調べないと言う訳にはいかない……。
なあ、前回のアシュロイ子爵の件を憶えているか」
「2週間前のことですし、勿論です」
ザガーリオの問いに、オスカルーンが答える。
「あの事件も、賊は、ほぼ陛下に殺されたが、残った者の証言から、アシュロイ子爵の名前が出てきた。
今回と同じで、アシュロイ子爵には、マリエッタ様を襲う理由はまるで無かった。
しかし、名前が出た以上、アシュロイ子爵は徹底して調べられ、隠していた汚職の証拠が次々と発見された」
「ああ、そうでしたね。アシュロイ子爵は、マリエッタ様襲撃事件とは関係のない、汚職で逮捕されたのでしたね」
「そうだ。結局、襲撃の黒幕は判らずじまいだ」
ザガーリオは少し考え込む。
「おかしいと思わないか。この3カ月に起こった襲撃事件は全てそうだ」
「全てそうとは?」
「同じなんだよ。全て同じような経緯を辿る。
捕まった賊は、全て人間。そして、貴族から頼まれたと証言する。
その証言から貴族を調べてみると、巧妙に隠していた悪事が次々と露呈してくる。
で、襲撃事件とは関係なく逮捕となる。
全てだ。マリエッタ様が襲われた5件とも全てが同じなんだ」
ザガーリオの言葉に全員がはっとした顔をする。
「結局、1件たりとも、襲撃事件の黒幕は捕まっていない」
ガイロンの言葉にザガーリオが答える。
「ああ、そうだ。
それに、どうも引っ掛かりがある。」
「引っ掛かり?」
「まだ、はっきりはしていないが、この5件、もしかしたら、黒幕は1人かもしれない」
「なんだって!!」
その場にいた全員が驚いた声をあげる。
まだ小さな点だ。証拠にもならないような小さな点。一見、関係の無いように思えるのだが、それらを結んでいくと……。
ある人物が浮かんでくる。
「俺が考えている人物が犯人ならば、陛下やマリエッタ様はどうされるのだろうか……」
ザガーリオの言葉は、呟くように小さかった。
今迄、動くことの無かった榛色の瞳に、戸惑いという感情が映し出されていたのだった。