13(1/3) ― マリエッタの浮気
午前中のうちに王宮に戻ったマリエッタは、暇を持て余していた。
家出したために残っていた、公務の中でも事務仕事は全て片付けたし、お昼ご飯もゆっくり頂いた。
庭も散策して、通りかかった人と談笑もした。
王宮に帰ってきた目的である舞踏会は、夕方の遅い時間から開催の為、身支度に時間が掛かるとはいえ、あと2時間ぐらいは余裕がある。
「さてと、何をしようかしら」
マリエッタは私室のソファーの上で、ゆったりと一人を満喫していた。
1人とは言っても、そこは竜王妃。
部屋の隅には2名の紅薔薇隊隊員が護衛として気を抜くことなく辺りを警戒しているし、侍女も数名控えている。
まずは紅茶の一杯でも飲もうかしらと、侍女に声を掛けようとした時、扉が勢いよく開いた。
外へ通じる扉ではない。
マリエッタの部屋は王妃の間であり、王の私室とつながっている。その扉が開いたのだ。そこから入ってくる人物は、一人しかいない。
「マリちゃんっ!」
竜王その人がハンカチを“キーッ”と、咥(くわ)えて引っ張りながら、足取りも荒くマリエッタへと突進してきた。
顔は青ざめ、身体は小刻みに震えている。
銀の星が入った紫の瞳は、今にも涙を零しそうになっている。いわゆる“涙目”というやつだ。
「あらあら、アーツどうしたの?」
マリエッタは、夫へ向けて顔をコテンと傾げてみせる。
ジュライアーツが興奮気味だが、マリエッタが驚くことは無い。ジュライアーツが何かにつけて騒ぐことは、よくあることだからだ。
「そんな可愛い仕草をしたって、駄目だからねっ!
そりゃあマリちゃんは、どんな仕草をしたって可愛いけどぉ。違う、違う。仕草だけじゃなくってぇ、存在自体が可愛いんけどぉ。
あ、可愛いだけじゃなくってぇ、綺麗だしぃ、勿論性格だって優しくってぇ、ウフフフ、大好きぃ」
「アーツ、話がそれているわよ。一体何が駄目なの?」
ジュライアーツは咥えて引っ張っていたハンカチを、今度は頬染めながらクニクニと両手で揉みだしている。
このままだと話が先へ進まない。マリエッタは話を促す。
「はっ、そうだった!
マリちゃん、僕は知っているんだからねっ」
「知っているって、何を?」
ジュライアーツがキスのできそうなくらいまで顔を近づけて迫ってきているのだが、マリエッタにすれば、何を言っているのか分からない。
「きょ、今日。さっ、さっき。マ、マリちゃんが……」
「私が、どうしたの?」
中々言葉が出てこないのか、ジュライアーツは意を決したように、ゴクリと唾を1つ飲み込む。
「ぼ、僕の知らない男と……。
庭の四阿で、なっ、仲良く話していたことをっ。僕は知っているんだからーーっ!!」
大声で叫ぶと、感極まったのかジュライアーツはポロポロと涙を流しながら、マリエッタに縋り付く。
「マリちゃん、浮気なんかしないでー。マリちゃん、捨てないでー」
さめざめと泣くジュライアーツは、まるで物語のヒロインのように切なげで哀れみを誘う。
(めんどくせーなー)
マリエッタは小さな舌打ちをすると、夫の頬を抓ってみた。
「庭を散歩していた時、四阿で青年と話しはしましたけどね、二人っきりってなによ。
人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。一緒にいたエリカやオスカルーンは、アーツの目には入っていないの」
「だって、だって……」
マリエッタはため息を吐く。
どうせ、マリエッタが男性と一緒にいたということにショックを受けて、周りが一切見えていなかったのだろう。