●美魔女な龍王妃は家出中●

14(2/2) ― 舞踏会にて ①

「けっ」
ジュライアーツの隣で、美しい笑みを浮かべたまま、マリエッタは、またも誰にも分からない小さな悪態をつく。
しかし、隣に座る竜人である夫には、その呟きはハッキリと届いた。
ピクリとその肩が揺れる。

「うふふ。陛下、皆が待っておりますわ。私と一曲踊ってくださいませ」
竜王妃が竜王にだけ分かる、嫌味な笑みを浮かべながら話しかける。

竜王が言葉をもって開始を告げるか、国王夫妻が最初にダンスを踊るかしないと、舞踏会は正式に始まらない。
全ての招待客達は、動くこともままならず、ただ竜王夫妻の動向を見守るしかない。

「妃(ひ)よ。我とダンスを踊ってもらおう」
「喜んで」
竜王は椅子から立ち上がり、自分の妃の手を取る。
竜王妃は手を取られると、美しく微笑み、共に広間中央へと進んで行った。
楽団はすぐに音楽を奏でだす。

竜王と竜王妃は公私をきっちり分ける。
親しい者の前でしか砕けた態度はとらない。
ジュライアーツの方がそのキライは強い。自分が身内と認めた者以外には冷徹な対応しかとらない。
マリエッタ達には残念美少女なジュライアーツだが、アーザイリイト竜王国の若き皇帝は、近寄りがたい存在なのだ。

「マ、マリちゃん。怒ってるの?僕何かした?」
優雅に自分の妃を相手にステップを踏む竜王は、マリエッタにしか聞こえないオズオズとした声で、お伺いをたてる。

「違うわよ。周りの視線が気に喰わないだけ。
なんだかねー、近頃、噂がどんどん加速しているのよねー。うざいったらありゃしないわ」

アーザイリイト竜王国の竜王妃であるマリエッタは、独自の情報網を持っている。
勿論、自分の噂話を収集するために持っている訳ではないのだが、自然と様々な聞きたくも無い話が耳に入ってくる。

「なんだー、僕マリちゃんに嫌われることしたのかと思っちゃった。良かったー。
じゃあさぁ、どれが嫌なヤツ? 教えてくれたら、すぐに処分するよ」
華麗なダンスを周りの者たちへと披露している竜王だが、妻の一言で招待している国主たちを、ハエを追い払うように、処分しようとしているのだ。

それが社会的なのか身体的なのかは分からないが、最強の権力を持つジュライアーツにすれば、指一本動かすだけで事足りる。
ジュライアーツにしてみれば、マリエッタが自分に怒っていなければ、後はどうでもいいことで、国主の一人二人いなくなった所で、妻の機嫌が良くなるなら、その方がよっぽど安上がりだとさえ思っている。

「もう、そんな怖い冗談いわないの。視線一つに、いちいち対応していたら、キリないわよ」
マリエッタはジュライアーツを諌める。
たまにジュライアーツは、残酷な冗談を言うことがあるのだ。

「あの、あのねマリちゃん」
「なあに?」
ダンスも終盤になり、そろそろ小声で話すのも終わりだという時になって、ジュライアーツがモジモジとしだす。

「……嫌だからね」
「なにが?」
「カッコイイ人がいても、踊らないでね……。マリちゃんが他の人と踊ったりしたら、嫌だから」
真剣な目をして自分の妃を見つめる竜王。

「オホホ。嫌だわ、この妖精さんったら、何言っているのかしら。踊ってなかったら、ホッペタつねっているところよ」
二人はクルクルと回りながら、美しいステップを踏み続ける。

「アーツこそ、この曲が終わったら、御嬢さんたちをダンスに誘うのでしょう」
「えー。ヤダよー」
ジュライアーツとしては、マリエッタとなら、どれだけでもダンスを踊っていられる。
というか、いつまででも踊っていたい。
しかし、マリエッタ以外とダンスを踊れといわれると、面倒くさい以外のなにものでもない。

「御嬢さん達が目をハート型にして、アーツを待っているわよ」
一目ジュライアーツを見た女性たちは、そのあまりの美しさに、虜になってしまうのだ。
ババアに無理やり伴侶にされている悲劇の美青年を自分が慰めてあげたい。
上手くいけば、ジュライアーツと手に手を取って、ババアを正妃の椅子から引きずりおろし、自分が後釜に座れるかもと、虎視眈々と狙っているのだ。

マリエッタに浮気しないでとジュライアーツは言うが、マリエッタの方こそ、美しい女性たちに囲まれた夫をみると、心が揺れる。
いつ、この手を離されるのか……。


だから、その少女を見た時、マリエッタはすぐに気づいたのだ。
舞踏会に遅れてやって来た少女。
マリエッタは一目見た時に分かってしまった。

少女はジュライアーツの“運命の番”だと。