●美魔女な龍王妃は家出中●

15(1/2) ― 舞踏会にて ②

オープニングのダンスが終わると、竜王と竜王妃には多くのダンスの申し込みが殺到する。
公務と割り切った二人は、ウンザリとした顔をチラリとも見せることなく、次々とダンスの相手をしていく。

さすがに連続で何人かの相手をすると、休憩の為にとダンスを断る口実はできるが、実際には休憩を取ることはできない。
二人に挨拶しようと大勢の者達が殺到し、相手をしなければならないからだ。

竜王夫妻に挨拶しようとする、多くの者たちにより、ちょっとした人垣が出来てくる。
暗黙の了解で、身分の高い者から順に挨拶をする。
挨拶したい者は多い。長々と話をするのもご法度だ。

そんな中、何故か人垣が割れた。
中心には中年男性。
どこぞの小国の国主だろう。この場では、高い身分とはいえない。
それなのに、周りの者たちは、その男に道を譲る。

不思議に思い、その男を見ていると、その男は背後に誰かを連れている。
男の背中に隠れるようにしているが、それが少女だとマリエッタにはすぐに分かった。

その少女は異質だった。
皆は男にではなく、背後の少女に道を譲っているのだ。

人間とは違う。
でも、竜人なのだろうか?
26年もの間、竜人の中で生活してきたマリエッタだったが、その少女が人間とは違うということは分かるのだが、竜人かどうかは分からなかった。

まだ少女といわれる外見をしている。人間でいえば16、7歳ぐらいだろうか。
漆黒の長い髪は下ろしたまま。花一つ飾っていない。
だが、濡れたように美しい髪は、装飾がないことにより、より美しさが引き立てられている。
瞳は濃い黄色。零れるほどに大きな瞳は、中心の瞳孔が金色だ。とても珍しい。
顔立ちは、決して派手ではなく、美貌とは言えない。だが構いたくなるような、守りたくなるような、庇護欲をかき立てる雰囲気を醸し出している。
一番特徴的なのは、その肌で、つるりとした質感を思わせる。
不透明な白い幕をピッタリと貼ったような、人形のように命を感じさせない滑らかな美しさを持っている。

「鱗がある」
マリエッタは驚きに思わず声が出てしまう。

少女の着ている淡い緑色のドレスは、オフショルダー型の肩を大胆に見せるタイプだ。
胸元はキッチリ隠されているから、下品さは感じられない。
年若い女性の装いとしても違和感はない。

その滑らかな肌の肩口には、鱗が見えている。
いつも見慣れた夫の鱗とは、位置が違うし、鱗の形や色も違う。
夫の鱗は半透明の一枚一枚が美しい独立した形をしているのに対して、少女の鱗は皮膚が硬化して鱗になったように見える。
色は皮膚の色が濃くなったような乳白色だ。
やはり竜人ではないのだろうか?
マリエッタには、判別できなかった。

男は少女を背に従え、マリエッタ達の前へとやってくると、愛想よく笑顔を振りまく。
身分の低い者から声を掛ける訳にはいかないというのに。

「ダイアヌ国、ザザン。久しいな」
「おお、竜王陛下に名を憶えていただけているとはっ。呼んでいただき、至極光栄でございます」
感動したように頭を下げるサザン。

ジュライアーツやマリエッタは、公務の一環として招待客の国名と国主や重要人物の名前を全て暗記している。
自国の傘下の国はもとより、近隣の大陸の国にも、それは及ぶ。
ただ、こんなに大掛かりな催し物が有る時などは、いつもは気にもしていない小国のデータまで頭に叩き込まなければならないので、国主夫妻は、それこそ寝る暇がなくなるほどに大変な目に遭う。

サザンは余程うれしかったのか、満面の笑みのまま自分の後ろに隠れたままの娘を引っ張り出す。
「養女(むすめ)を紹介させてください。養女のサザイアリアリーナでございます。サザイアリアリーナ、ちゃんとご挨拶しないか」
サザンの言葉に、サザイアリアリーナは、オズオズと養父(ちちおや)の横に並び、カーテシーをとる。

「今年デビュタントを迎えたばかりの田舎者でございます。このような場に慣れておりません。どうぞ、ご無礼をお許しください。」
余程うれしいのか、サザンは竜王夫妻へと、延々と何か話しかけていたが、マリエッタに、その言葉は届いていなかった。

ピクリ。
サザイアリアリーナが養父の影から出てきた瞬間、夫が微かに揺れたのだ。
自分の傍らに立つ夫の反応に、マリエッタは、おや、と首を傾げる。
サザイアリアリーナを始めて見た時の夫の反応が、マリエッタの知っている夫とは違う。
今迄、どんな美女や妖艶な女性を見ても、眉一つ動かさなかった夫が、その少女に何を感じたのか、目を驚いたように見開いたのだ。
それ以降、片時もサザイアリアリーナから目を離さない。

今まで、こんな表情をしたことは無かった。
どうしたの? 何があったの?
マリエッタの中に、嫌な予感と共に、どろどろとした感情が渦巻く。
夫に話しかけたかったが周りには多くの招待客達がおり、マリエッタは言葉を飲み込む。

竜王の反応は、他の竜人達にも伝わったようだ。
マリエッタが気取られないように周りを見回すと、警備に付いているオスカルーンやアンドレーン。斜め後方に控えているシオンなど、目に着いた全ての竜人がジュライアーツの動向とサザイアリアリーナを食い入るように見つめていた。

竜人達だかけが、何かを感じているようだ。
人間のマリエッタには、うかがい知ることのできない感覚。
26年もの間、竜人の中で暮らしてきたのに、嫌という程、自分が部外者だということを思い知らされる。