15(2/2) ― 舞踏会にて ②
もしかして……。マリエッタは思い当たる。
竜人達には“番”(つがい)という天が定めた伴侶が存在するらしい。
一目見た瞬間にそれは分かり、惹かれてやまない存在だという。
どんなに愛している相手が今迄いたとしても、番の存在に気づいた瞬間、今迄の相手のことは、心の片隅にさえ存在しなくなるという。
それ程の存在。
竜人達は、その番と“竜魂の儀”を行い、真の番となる。
マリエッタは竜魂の儀をジュライアーツとは行っていない。
ジュライアーツにとって、マリエッタは真の番ではないのだろう。
もしかして、あの少女が……。
夫の反応から、マリエッタは確信のようなものを覚える。
自分の方から手を離すと思っていたのに。覚悟を決めていたはずだったのに……。
ズグリ。
マリエッタの身体の中心に、得体の知れないものが湧き上がる。
それが身体の中を蠢く。段々と大きくなり、不快感が強くなっていく。
ダメッ!!
今は招待客も大勢いる公の場だ。
マリエッタは身体の不調を抑えるために、グッと両手を握りしめる。
「養女(むすめ)は生まれつき喋ることができないのです。不作法をお許しください」
「まあ、そうなの。気になさらないで」
サザンの言葉に物思いから引き戻される。
マリエッタは何とか言葉を返すが、自分が上手く笑顔を作れているのか、もう分からない。
「妃(ひ)よ」
ジュライアーツの腕がマリエッタの腰に回る。
公務の際、ジュライアーツがマリエッタの腰に手を回すことはあったが、それはエスコートの時であった。
こんなに、あからさまに自分に引き寄せるようなことは無かった。
まるで、目の前にいる少女に見せつけるような仕草。
なぜ?
ザワザワと不快感を訴えてきている身体が、夫の匂いに包まれて、少し和らいだような気がする。
「陛下、どうかされましたか?」
少し力を抜き、マリエッタは夫に問いかける。
「我が妃は少し疲れたようだ。場を離れさせてもらおう」
ジュライアーツは周りの者達にそう告げると、マリエッタの腰を抱いたまま、招待客達から離れて行く。
いきなり話を断ち切られたサザンが驚いたように目をしばたく。その横でサザイアリアリーナは、自分から注目が離れたのにホッとしたのか、また養父の後ろへと戻ろうとしている。
今迄どこに居たのか存在の無かったガイロンが、いつの間にか近くに控えており、まとわりつこうとする招待客達を竜王夫妻に近づかせない。
マリエッタは、抱えられるようにして大広間から離れた。
「マリちゃん、顔色が悪いみたいだけど大丈夫?」
ジュライアーツの言葉に、自分のことを気にかけてくれていたのが分かり、嬉しさが胸を満たす。
「大丈夫よ、心配してくれて、ありがとう」
「ホントに大丈夫?」
公務を途中に打ち切ってまで、自分のことを思ってくれる夫を、安心させるように頬に手を伸ばす。
「あの娘(こ)。えっと、名前はなんて言ったっけ。サザイなんとか。あの娘なんだけど……」
言いにくそうな素振りのジュライアーツ。
いきなり話し出した夫に、伸ばしかけた手が止まる。
「えっと、マリちゃんも気づいたみたいだったけど。あの娘さぁ……」
自分を心配していたはずなのに、なぜいきなりサザイアリアリーナの話しをしだすのか。
具合が悪いといっている妻に、今話さなければならない話なのか。
聞きたくないっ!
ジュライアーツが今から何を言うのか。自分が何を聞かされるのか。
今まで招待客の、それも女性の話など、ジュライアーツはマリエッタにしたことは無かった。
あんなに言いにくそうにしているのに、なぜ話そうとするのか。
マリエッタは、ただただ聞きたくなかった。
耳を塞いで、逃げ出したかった。
「ぐぅっ」
胸から急にせり上げてくる激しい嘔吐感。
息が出来ない。
苦しい、苦しい、苦しい。
だめ、ジュライアーツに知られてしまう。
皆に知られてしまう。
マリエッタは、口を押え、前かがみになりながら、必死で堪えようとするが、力の入らない身体は、ズルズルと傾いて行く。
「マリちゃんっ!」
「マリエッタ様っ、どうされましたっ」
「王妃様っ」
「誰かっ、医師をっ。医師を至急呼んで来いっ」
慌ててジュライアーツがマリエッタを支えようとするが、力が抜けてしまった身体は、床へと、グニャリと倒れてしまった。
皆が騒ぐ声が遠い。
ジュライアーツの姿が見えない……。
マリエッタの意識はそこで止まってしまった。