16(1/2) ― マリエッタの回想 ①
マリエッタは夢を見ていた。
いや、夢ではなくて昔の思い出だ―――
マリエッタは15の年までガリーア大陸の東の端、ケノン公国という小国の農家の娘だった。
毎日毎日、古びた服を着て、土にまみれ畑仕事を手伝う。そんな生活がずっと続くと思っていた。
ある日、いつものように畑仕事に追われていると、自分のすぐ後ろで大きな鳥が降りてきたような羽音が聞こえた。
驚いて振り返る。
(あの羽音は何だったのかしら? 鳥にしては大きな音だった)
羽音の元を探して、キョロキョロと辺りを見回していると、マリエッタから少し離れた畑の畦に、見覚えのない人物が立っているのに気が付いた。
身長はさして高くない。マリエッタより拳1つ分高いくらい。細身の身体に高そうな服を着ており、農民でないのはすぐに分かった。
美しい銀の髪を腰まで伸ばし、瞳は見たこともない紫色だ。
「やっと見つけた、やっと見つけた、やっと見つけた……」
なにかブツブツ言っているが、声が小さくてマリエッタには聞こえない。
(すごく綺麗な人。男の人? 女の人?)
マリエッタの今まで見てきた男性は、全てが村の男たちでゴツくてムサイ。
線の細い男性というものを知らなかった。だから目の前の人物が男性とは思えない。しかし、女性というには雰囲気が違う。
「あなたは誰?」
村は狭い。住人も少なく、全ての住人の顔も名前も知っている。
旅人だろうか? それとも税を徴収に来た役人だろうか?
しかし、旅人や役人にしては、実用的な服装ではない。
こんな辺鄙な村に、よくこんな綺麗な服のままで、やって来たものだ。
マリエッタは見たことは無いが、都会にいるという貴族という人達が、こんな服装をしているのかもしれない。
「ぼく? 僕ジュライアーツって言うんだ」
マリエッタに声を掛けられたのが、嬉しかったのか、ジュライアーツは満面の笑みをたたえて答えてくる。
少し離れた畦から、マリエッタの側まで近づいてきた。
マリエッタは別に名前を知りたかったはけではない。
何者なのかを知りたかったのだが、まあ、1つ判ったことといえば、僕というからには男性なのだろう。
「あなた綺麗ね。お仕事できたの?」
村一番の美人は村長の娘でティーネという。
わら色の金髪と水色の瞳をしており、村の若い男たちは全てがティーネに好意をもっている。
ティーネには、もう何件も縁談がきているのだと村の女たちが噂しているのを聞いた。
マリエッタはティーネよりも1歳年上。
ティーネに縁談が来ているように、マリエッタにも、そろそろ結婚話がきてもいい年頃ではあった。
しかし、この村では珍しい赤い髪は、マリエッタを縁談から遠いものにしていた。