16(2/2) ― マリエッタの回想 ①
目の前の人物を、改めてみる。
ティーネが美人というが、この人はレベルが違う。女神様とか精霊様とかいわれたら、すぐに信じてしまうだろう。それほどの美しさだ。
ただ、村の価値観では、男性が美人というのは評価に値しない。
力持ちや、狩りが上手い方が、望まれる。
村の価値観に染まっているマリエッタも、ジュライアーツの美貌を、どうとも思わなかった。
ジュライアーツは凄く嬉しそうだ。そして恥らっているような笑顔をこちらに向けている。
「ありがとう。あの、名前を教えてくれる?」
「私? マリエッタよ」
「マリエッタ……。可愛い名前だね」
「そう?」
村では珍しい名前ではない。
マリエッタの名前は曾祖母の名前らしい。なぜ曾祖母の名前を付けられたのか、両親は教えてくれないが、8人目の子どもの名前を考えるのが面倒だったんだろうなぁとマリエッタは思っている。
兄は本家の爺さんの名前。妹は嫁に行った大叔母の名前らしい。
つくづく手抜きの名づけだ。
マリエッタは思う。どうも、この人物とは話がかみ合わない。
マリエッタの問いに対して、見当違いの返答しかよこしてこない。
結局この人物が何者か、どうやって村までやってきたのか分からずじまいだ。
村にいない珍しいタイプだが、マリエッタはジュライアーツに興味を失った。美しさは労働とは直結しないからだ。
そろそろ仕事の続きに戻ることにする。
今日中にやっておかなければならない仕事は、山ほど残っているのだから。
「あの、あの、マリちゃんって呼んでいい」
屈みこみ、足元のわら束に意識を向けたていたマリエッタに、ジュライアーツが問いかける。
頬を染め、浮かべた微笑みは、見惚れるほどの愛らしさだったが、今のマリエッタには、わら束の乱れの方が気になった。
「えっ、だめよ。愛称は家族以外は呼んだら駄目だって決まっているじゃない」
この村では愛称は家族間でしか使わない。
というか、村では子どものことを名前で呼んだりはしない。村の者がマリエッタを呼ぶときは、ジィザナ(マリエッタの父)の所の8番目。これがマリエッタの呼び名だ。
マリエッタはこの村で生まれ、この村で育った。この村の常識が全てであり、それ以外知らない。村の常識がよそと違うなんて思ってもいない。
だからジュライアーツが、ショックを受けた顔をしていても気にならないし。なぜかなんて思いもしない。
さっさとわら束を抱え、ジュライアーツに背を向ける。
「うん、家族。そうだね、家族だよね。僕はマリエッタの家族になるよ」
「え? 何か言った」
おざなりな返事をしていたマリエッタは、いきなり腰に違和感を覚え、短い悲鳴を上げる。
「きゃあっ!」
いつの間にかにジュライアーツがマリエッタの腰に手を回していた。
「何するのよっ。離しなさいよっ!」
マリエッタはジュライアーツから逃れようと、身を捩る。
“バサリ”
マリエッタの身動きなど歯牙にもかけず、ジュライアーツは背中から翼を広げる。
「やだっ、放してよっ、いったいなんなのよっ? えっ、うそっ、羽がっ、羽が生えてるっ!」
マリエッタの驚きの声に答えることなく、ジュライアーツはマリエッタを抱えたままフワリと浮き上がる。
「えっ、なんなのっ? うそっ、飛んだ? きゃあーーーっ!!」
マリエッタはしっかりとジュライアーツに抱きしめられたまま、ぐんぐんと空高く飛び上がっていった。
マリエッタの抱えていたわら束は全てが手から零れ落ちて行く。
これ以降、マリエッタが生まれ故郷のケノン公国に戻ることはなかった。