●美魔女な龍王妃は家出中●

18 ― マリエッタの回想 ③

「しかたないわね」
マリエッタは、ため息と共にジュライアーツの求愛を受け入れた。

竜王国の人々は、人間を自分達よりも劣る種族だと思っている。
マリエッタが竜王妃の地位に就くということは、その劣る人間に自分たちが、かしずかなければならないということになる。
マリエッタが正妃になることを多くの竜人達が反対した。しかし、マリエッタから許しをもらい有頂天のジュライアーツは、マリエッタの心変わりを恐れ、周りの反対を一切聞くことなく、すぐに結婚を強行した。


「だから申し上げておりますでしょう」
これだから人間は、と言わんばかりに腕を組んでマリエッタを見下ろしているのは、マリエッタがこの国に連れてこられてから、ずっと身の回りの世話をしてくれている侍女長のサニオだ。

「マリエッタ様は竜王様の“真の番(つがい)”ではありませんわ」
口調は丁寧だが、バカにしているのが透けて見える。
マリエッタの周りの者達は、ジュライアーツの目の前ではマリエッタを丁重に扱うが、目の届かないところでは、バカにし、ぞんざいな扱いをする。

「真の番って?」
サニオもそうだが、王宮の中のことを教えてくれる女官長のアイカ、王妃教育をしてくれる教師のイリエナなど、マリエッタの周りの全ての者が口を揃えてマリエッタはジュライアーツの真の番ではないと言う。

「真の番のこともご存知ないのですか?
真の番とは“魂の番”とも言われており、肉体だけではなく、魂をも結びつける関係の事をいうのですわ。
私達竜人は胸に鱗がございます。その中央に色が違う鱗があるのはご存知ですよね?」
マリエッタは頷く。

初めて見た時は驚いたが、竜人は所々に鱗があるのだ。
胸にも鱗はあり、その中央、みぞおちの少し上に他の物より色の違う鱗が一枚ある。

「その鱗を番となった竜人同士で交換して飲み込むのですわ。
これを“竜魂の儀”といいますの。
竜人は力の強弱により寿命の長さが違います。強い者は長く、弱い者は短い。同じ竜人同士でも寿命は異なるのです。
竜人の力は魂に宿ります。
竜魂の儀を行うことにより、同じ魂を持つことになり、同じ時を生きることができるようになるのです。
竜魂の儀を行った者達だけが“真の番”といえるのですわ」
サニオはわざと一旦言葉を切る。
マリエッタに、より言い含めるように。

「ですから、マリエッタ様に竜王様がそれを行わないということは、マリエッタ様は竜王様の一時(いっとき)のお相手にしかすぎない。
真の番ではないのですわ」
ニンマリと嗤いながらマリエッタを見る。
マリエッタに自分の立場を知らしめるために。

「でも、私は竜王妃だわ……」
「ええ、さようでございますわね。
竜王様が望まれた竜王妃様ですわ。すぐに代わられるでしょうけれど」

「え……」
「私達竜人は、それはそれは番を大切にしますのよ。
番が先に亡くなってしまった場合、狂ってしまう者もいるほどなのです。
だから再婚するものなんておりませんわ。それほどの存在ですのよ。
でも、それは竜魂の儀を行った真の番の場合。
だから竜王妃はすぐに違う方に代わられると、私達は思っておりますの。
だって、マリエッタ様は人間ですものねぇ。竜魂の儀を行おうにも、鱗がございませんもの」
サニオはクスクスと笑う。

「竜王様だけでもマリエッタ様に鱗を飲ませるのかとも思っていましたのよ。でも、いつまでたってもされませんでしょう。
マリエッタ様のことを真の番だとは認めていらっしゃらない証拠ですわ」
自分の言いたいことだけを言ったサニオは、勝ち誇ったような笑顔をマリエッタへと向けると、青い顔をして佇むマリエッタを残し、部屋から出て行ってしまった。

「どうして……」
一人残された部屋の中、マリエッタのつぶやきが聞こえる。

「なんで私を連れてきたの……。
お父さんやお母さん、家族みんなから無理やり引き離して連れてきたくせに。
番じゃないって、偽物だって言われて。
どうしてなの」
マリエッタの頬を幾筋もの涙が伝う。

アーザイリイト竜王国に来て、始めてマリエッタは泣いた。