2(2/3)―家出表明
「あーっ、やだやだ。明日からの行事に出たくなーい。ずる休みしたーい。」
ゴロゴロとクッションの上で一人だだを捏ねているマリエッタだが、それを見咎める者も注意する者もいない。
普通の王族や貴族ならば、必ず室内には数名の侍女や侍従が控えているものだが、マリエッタはそれを良しとはしなかった。自分は平民出身だからといって、自室には誰も入れることはない。
護衛騎士でさえ部屋の外に配している。
だだこね中のマリエッタだったが、扉が半分開いたのに気付いた。そちらに視線を移すと、扉の外側でモジモジしている竜王を見つける。
ちょっと、来るのが早すぎないか?
「マリちゃん……」
ジュライアーツは両手に抱えきれないほどの花を持ち、マリエッタの様子を窺っている。
この分だと、自分が退出してからすぐに庭に行き、庭師の意見など聞かずに、片っ端から花を千切ってきたのだろう。
「なに?」
「あの、あのね、花をマリちゃんに渡したくて……」
もじもじとするジュライアーツは男性なのに花が妙に似合い、可憐で可愛らしい。
「あー、ムカつく」
「まっ、マリちゃん。ごめんね。あの……」
「なに謝ってんの」
「だって、マリちゃん機嫌悪いし。僕マリちゃんに何かしたのかなって」
小首を傾げてこちらを見るジュライアーツはあざと可愛く、それがまた似合っているからマリエッタのムカつきは加速する。
「私、家出するから。明日からの行事パスするからっ!」
思わず口からでた言葉に、マリエッタ自身が驚く。
現実逃避だと自分でも判っているし、ジュライアーツに八つ当たりしていることも判っている。
しかし、自分の悩みを全然判ることが無いだろう夫に少しばかり我儘をいってもいいではないか。
「うん、判った」
ジュライアーツはマリエッタの言葉にすんなりと首肯した。
「えっ、いいの?」
「マリちゃんがそうしたいなら、いいよ~」
建国記念の行事の中で王族が必ず参加しなければならない重大行事は神事である。国民や来賓達が目にすることはないが、多数の神官達と数日を掛けて、粛々と行われる。
神事は滞りなく全て終了しており、後に残っているのは、判りやすく言えば、国民や来賓達との飲めや歌えやの宴会だ。王族として全ての行事に律儀に参加する必要はない。
全てに参加する必要はないが、記念式典中に仮にも王妃に向かって、家出していいという国王はおかしくないか?
「じゃっ、じゃあ、明日から行事に参加しないわよ。城から出ていくわよ。居なくなっちゃうわよ」
「うん。グレンツとか、子ども達がどうにかしてくれると思うから大丈夫~」
25歳になる長男を筆頭に6人の子ども達は公務を少しずつは担ってくれている。担ってくれてはいるが、王妃とは立ち位置が違うはず。
しかし、ジュライアーツの軽い言葉はマリエッタが自分で思っているほど、マリエッタ自身の存在価値は高くない。と、知らされているようで、身体から力が抜けていくのを感じる。
「あっ、でも少し待ってね。僕も準備があるから」
「は?」
「だって家出でしょう。やっぱり色々と持っていくものを準備しなくちゃ。下着とかは、おニューがいいかな。洋服はどのくらいいる? あっ、お菓子とかも必要だよね。そうだ、マリちゃんの好きなマドレーヌを作ってもらおう。料理長に言っとくね」
うきうきと話すジュライアーツは、まるで遠足前日の子どものようだ。
「ねぇ、アーツ。ちょっと聞きたいんだけど。なんだか、あなたが家出するみたいに見えるわ」
「えっ、マリちゃん家出するんだよね。じゃあ、僕も家出することになるじゃん」
にこにこ顔のジュライアーツ。こめかみを抑えるマリエッタ。
「はっ? 何言ってるの。家出するのは私。私の家出。あなたはお城に残って公務をガンバる。わかる?」
「え?え?え? マリちゃん、どうゆうこと?なんだかマリちゃんが僕を置いて出ていくみたいに聞こえるよ。違うよね。そんなことしないよね」
「初めっから言ってるし。私が、家出を、するの。アーツはお留守番。お別れ。判った?」
マリエッタの言葉に、ジュライアーツの顔が徐々に青ざめてくる。そして、その神秘的な紫の瞳に大粒の涙が盛り上がってくる。
「いーやーっ。ひどいっ、ひどいっ、何で、何でそんなイジワルを言うの。僕を置いていくなんてっ。だめっ、絶対だめっ。僕も行くっ。絶対行くっ。どうしたって行くっ。
マリちゃんと離れたりしない。しーなーいーっ」
辺りに手に持っていた花をまき散らし、ポロポロと大粒の涙をこぼしながらマリエッタのドレスを掴んで泣きじゃくる青年は、庇護欲をかき立てるような可愛らしさだ。が、その可愛いらしさが、マリエッタの怒りをかってしまった。
「なに、この可愛い生き物。ほんとムカつく。これで推定200歳以上とか、馬鹿にしてる。女たちが騙されるのも判るわー。ホント判るわ。そして、自分がおばさんって思い知らされるのよっ!」
「マリちゃん、家出しないでっ。ううん、家出してもいいから、僕も連れて行って」
鼻水まで垂らして追い縋る夫をマリエッタはどんと突き、ソファーに倒れさせる。ジュライアーツは泣きすぎて、呼吸もままならないようで、マリエッタにされるがままだ。
26年もの間、竜人と身体を重ねてきたマリエッタは、竜人並みの力を有するようになっている。身体の丈夫さもだ。
それなのに老化は通常の人間のまま。そんなことにも腹がたつ。