21(1/2) ― 少女の正体
やることをしっかりやって、今はベッドの上で二人抱き合ったままだ。
疲労困憊の竜王は、それでも上機嫌で、抱きしめた妻の頭に何度もキスを送っている。
「ウフフ、マリちゃん大好きー」
ギュウ、と妻を抱きしめて幸せそうに笑う。
「離れたくない」
マリエッタの口からポロリと本音が漏れる。
ジュライアーツには、絶対言わないと決めた言葉だった。
「えっ、マリちゃんまた家出するの?
駄目だよー。マリちゃん倒れたばっかりなんだから、完全に良くなるまで王宮にいてよ」
「そうね」
マリエッタの表情は晴れない。
「あっ、マリちゃんが王宮にいたくないのは“あれ”のせい?
そうだよねぇ、あんなのが居たら、王宮にいたくなんかないよねぇ。
でもね、安心して。ちゃんと追い出したから」
「追い出した?」
いかにも褒めて。と、胸を張るジュライアーツだが、マリエッタには何のことだか判らない。
何を追い出したのだろうか。
「でもビックリだよねー。まさか王宮にあんなのを堂々と連れてくるなんて。とっさに叩きだす所だったよぉ。
サザンが養女って言うからさぁ、我慢したんだよぉ。本当だったら王宮自体に入れないよ」
サザンと聞いて、マリエッタの身体はピクリと動く。
サザンの養女、サザイアリアリーナ。あの儚げな美少女を思い出して。
「追い出したって、どういうこと? だって、あの娘(こ)は……」
――あなたの番なのでしょう。
言いたい言葉は、マリエッタの口の中から出てはこなかった。
肯定されるのを聞くのが怖かったから。
「もしかして、私のために?」
ジュライアーツは自分に気を使って、己の番を追い出してしまったのだろうか。
そんな罪深いことを私は夫にさせてしまったのか?
「マリちゃんの為っていうのも勿論あるよ。だって、あんなのが居たら安心できないもんねぇ」
ジュライアーツは一人頷いている。
安心はできない。
そうね、私は安心なんかできない。
いつ自分の夫を奪われてしまうのか、心配ばかりしなければならないから。
それでも……。
「本当だったら、サザンは侮辱罪で牢屋行だよ」
ジュライアーツは、いかにもプンプンと怒っていますと言いたげだ。
「侮辱罪?」
マリエッタは、夫が何を言っているのか分からなかった。
話が食い違っているように感じる。
「ねえ、アーツ。何を怒っているの?」
「えー、怒るよぉ。だってトカゲだよ、トカゲ。
マリちゃんもビックリしたでしょう。あんなに堂々と竜人国にトカゲを連れてくるなんて、失礼にも程があるよ」
「え、トカゲ? 誰が?」
「誰って、マリちゃんも気にしていたじゃない。あの、養女とかいって連れていたヤツだよ。
まったく、トカゲを養女にするとか、どんだけ非常識なんだか」
怒りが収まらないのか、夫はブツブツとまだ文句を言い続けている。
トカゲって何だっけ?
混乱したマリエッタは考えがまとまらない。
誰がトカゲ? サザイアリアリーナがトカゲ? アーツの番がトカゲ?
どういうこと、夫の番はトカゲなの?
「鱗は有ったけど、竜人じゃないの?
だって、あんなに美人で儚げで、アーツも気にしていたじゃない」
「トカゲを竜人と間違うなんて、マリちゃんでも失礼だよぉー。
えー、マリちゃんトカゲ見たことなかったっけ? あれはリザードマンって種類だよ」
「リザードマン……」
聞いたことが有るような無いような。
マリエッタは頭を捻る。
「まあ、珍しい種類ではあるよね。
でも、リザードマンは攻撃性が強いんだ。注意しないと、すぐ暴れだすし、知能が低い分、言うことも聞かない。
暴れ出したらどうしようかって、気になっちゃったよ。
オスカルーン達も、ピリピリしていたしね」
「そうなの……」
マリエッタは混乱してしまっている。
夫の番だと感じて、断腸の思いで、夫の手を離そうとしていたのに……。
「サザンが喋れないって言っていたでしょう。トカゲだからだよ。声帯ないしね。
まあ、幼体の時は人に見えなくもないけど。成体になったら体中に鱗が生えてくるし、顔や身体も人とはかけ離れたものになるよ。
大人しいのは幼体の時までで、成体になったら手が付けられなくなるよ。
肉食だから、何にでも喰いつくし。力だけは強いからね。
でも安心して。王宮からは、すでに追い出しているし、竜王国ではトカゲは嫌われているから、すでに国からも追い出されているかもね」
ジュライアーツはやれやれと肩をすくめる。
アーツの番じゃなかった……。
アーツが反応したのは、サザイアリアリーナがトカゲだったから。
私の思い間違いだったなんて。
どっと力が抜けるマリエッタだった。