22(2/2) ― サザンの思惑
早ければ明日にでも、竜王から何かしらの接触があるかもしれない。
竜王妃にばれないようするには、どうすればいいか。
そんなことを考えていたサザンに、悲鳴が聞こえてきた。
隣の部屋。サザイアリアリーナの寝室とした部屋からだ。
「どうしたっ」
部屋へと飛び込んだサザンが見たものは、理解できるものではなかった。
薄いピンク色の夜着を纏った少女が、侍女に覆いかぶさっている。
侍女は生気の無い顔で、ダラリの手を下げ、少女にされるがままだ。
「ひ、姫様がっ。姫様がぁーっ」
もう一人の侍女が少女を指差し、泣き叫んでいる。
「姫様っ、どうされました」
護衛の騎士達も部屋の中へと入ってきたが、異様な雰囲気に動けないでいる。
「サザイアリアリーナ、どうしたんだっ」
サザンは、後ろ向きのままの少女の肩に手をかけ、自分の方へとグイと引っ張った。
「うわぁっっ」
その声は、サザンの声だったのか、騎士達の声だったのか。
サザンの方を向いた少女は”人”ではなかった。
「お、おまえは、だっ、誰だっ」
サザンは2歩、3歩と後すざる。
後姿は確かに養女(むすめ)のサザイアリアリーナだった。
サザイアリアリーナのはずだった。
首や肩だけではなく、全身を少し黄味がかった鱗が覆っている。
顔は口元が大きく突き出ており、鼻も同化しているのか、鼻筋は無くなり、鼻の穴だけが見える。そして、口は横一文字に裂けたように広い。
目と目の間が妙に広く、金色の瞳孔がこちらを見ている。
口元は血で真っ赤に染まっている。
未だに離さずに掴んでいる侍女を貪り食っていたのだ。
ドサリ。
サザイアリアリーナは侍女から手を離すと、ゆっくりとサザンの方へと近づいてくる。
「く、く、来るなーっ!!」
サザンが声を上げるのと同時に、サザンの首にサザイアリアリーナは一気に食らいついた。
グプリとも、ゴポリとも、表現できない音がサザンの首元から聞こえてきた。
「陛下っ」
「うわぁっっ」
異様な光景に、騎士たちは混乱してしまっていた。
誰一人、一歩たりとも動くことができない。
ほんのさっきまで姫として仕えていたはずの少女が、目の前で自分の父親を食らっているのだ。
ゴリゴリと骨を咀嚼する音が聞こえる。
サザンは、すでにこと切れているのか、ピクリともしない。
辺りには濃い血の匂いが立ち込めている。
ギィヤャアアァァーー!
一心不乱に父親を食らっていたはずのサザイアリアリーナが悲鳴をあげる。そのまま血を振りまき、その場に倒れた。
「ほーら見てみろ。言わんこっちゃない。だからトカゲを宿に泊めるのは嫌だったんだよ。部屋が汚れた分は追加料金だからなっ」
いつのまに現れたのか、宿の主人が手に持った大きな鉈を肩に抱えて立っていた。
鉈にはサザイアリアリーナの血がベットリと、こびり付いている。
「トカゲ……」
騎士隊長は放心したように宿屋の主人の言葉を繰り返す。
「まったく、トカゲをペットにするのも悪趣味だが、一緒の部屋で寝ようっていう感覚が分からねーなぁ。
成体になったんだろ。こうなっちまったら、リザードマンは手がつけられないからな」
竜人の主人は何度か頭を振って見せる。
「姫様は竜人だと聞いている」
「はあぁ。失礼なことを言うなよな。竜人とトカゲを間違うなんてよ。人間ってやつぁ、碌でもねぇなあ、だから喰われちまうんだよ。
それでよぉ、これどうすんだ」
主人は、3体の死体を指差す。
騎士隊長は、こと切れた自分の主君へと目を向ける。
尊敬に値するかと言われれば、口を閉ざすかもしれない。しかし、自分の剣を捧げた只一人の人物だった。
今はまだ、心がマヒしているのか感情が動かない。
涙どころか悲しみの心すら出てこない。
「陛下のご遺体は国へとご帰還いただく。侍女の遺体は、この国で埋葬させていただきたい……」
自分達の国まで帰るのに、何カ月もかかる。騎士隊長は自分の一存で決断してもいいものかと考えてしまう。
腐っていく遺体をどうすればいいのか。だが先に荼毘に付した場合、遺骨がサザンだと、どうやって証明すればいいのか。
人数の関係で一緒の宿に泊まれなかった随行者達と早々に、この後のことを決めていかなければならない。
そして元凶であるトカゲの死体をどうするか……。
「従業員を走らせているから、もうすぐ警ら隊がくる。それまでこのままでいてくれよ」
主人の言葉に、騎士隊長は1つ頷く。
「それでよぉ、相談があるんだが」
主人の言葉に騎士隊長は気づく。
汚してしまった部屋。殺人が起こった風評被害。いったい幾らの損害賠償が発生したのだろうか。
だが、陛下が亡くなったとはいえ、金銭を管理している随行者が来れば、代金は支払えるはずだ。
「いやぁ、この宿は料理がウリでな。
それもジビエ料理がさ、ちょっとは有名なんだわ。
それでよぉ、ここの死骸なんだけどよぉ。
リザードマンは希少種で、なかなか手に入らねーんだわ。
そのうえ、メスで成体になったばかりとか、レア中のレアってやつでよ。願ってもないんだわ。
それで相談なんだが……」
サザイアリアリーナは土の下に埋葬される代わりに、形を変えて食卓にのぼることとなった。