●美魔女な龍王妃は家出中●

24(1/2) ― 王宮でお茶を①

グレンツ=ソラリアットは、王宮の回廊を機嫌よさげに歩いていた。
手には小さな可愛らしい袋を持っている。

そんなグレンツに出会った者達は、あわてて廊下の端により道を開ける。
そして頭をさげ、グレンツが通り過ぎるのを待つのだ。

塵一つない床。細密な装飾が施された壁。窓枠には繊細な透かしが、ふんだんに取り入れられ、より多くの日差しを回廊へと差し込まれている。
金額はもとより、職人の時間と労力を惜しみなく使っているのがよく分かる。
そんな贅沢な場所の中央を堂々と歩いている。

グレンツは、アーザイリイト竜王国において、文官の最高位の宰相を務めている。
この王宮の中では、王族に次ぐ高い地位だ。
騎士団の参謀総長や枢機院の長老たちとも肩を並べることができる。
そんな地位だ。

「フッ」
グレンツは皮肉気に小さな笑いを漏らす。
まさか自分がこのような地位に就くとは、少し前には想像すらできなかった。

チラリと、通りすがりに端による青年に目を向ける。
人間で言うなら20代前半位。
纏う制服は水色。下位の文官だと判る。
外見で判断するならば、自分よりはるかに年下に見える。
そう、外見だけならばだ。

グレンツの外見は人間で言うなら40代後半から50代前半。
少し白い物が混じった濃い灰色の髪を綺麗に後ろへと撫でつけている。瞳は濃い緑。
陛下の近くにいるために、白銀隊とも共にいることが多い。マッチョムキムキの白銀隊のせいで、小柄に見られがちだが、それなりにしっかりした体格をしている。
人に見せたことは無いが、引き締まった腹部は、自分だけの自慢だ。

いつだか侍女のエリーがグレンツを指差し『イケオジ』と騒いでいたが、グレンツには言葉の意味は分からなかった。エリーの隣にいたマリエッタも、意味は判らなかったらしく『人を指差してはいけませんよ』と、そちらを注意していた。


竜人は、竜気の強さで寿命も変わる。
竜気が強ければ強いほど長寿になり、それと共に若さを永く保つことができる。
竜気によって、加齢と外見は違ってくるということだ。

グレンツは先ほどの青年を思い浮かべる。
あの青年は、なかなか強い竜気をまとっていた。あの強さなら年齢は100歳まではいっていなくとも、それに近い歳だろう。
グレンツよりは、随分と年上だということだ。

グレンツの外見は中年から初老へと差しかかろうとしている。
実際の年齢は、近頃51歳になった。
人間ならば、ほぼ外見どおりの年齢だ。

グレンツは思う “自分は、この王宮の中の誰よりも竜気が弱く、誰よりも身分が低い” と。ただ、それを知る者は少ない。


グレンツはアーザイリイト竜王国の北の端の小さな村に生まれた。
北の端とはいっても、国はガリーア大陸の中央に位置するため、それほど寒さが厳しいということはない。
土地も肥えてお<り、グレンツの住む村は、豊かでのんびりとした所だった。

父親は国境に面する山で猟師をしていた。
両親と一人息子のグレンツ。
裕福ではなかったが、食うに困る程でもなく、グレンツは愛情深い両親の元、伸び伸びと育っていった。

グレンツの家系は竜気の量が元々少ない。
グレンツも生まれた時から殆ど竜気は無く、人間と大差なかった。
父親の後を継ぎ、猟師になろうと思っていたグレンツにとって、竜気の多い少ないは、あまり関係のないことだった。

グレンツが13歳になった時、父親が死んだ。あまりにも突然のことだった。
―――殺されたのだ。それも人間に。

1人で山に入り猟をしていた所を、複数の人間に襲われたらしい。
いくら人間より優れている竜人とはいえ、多数に囲まれてしまうと、どうしようもなかったのだろう。
グレンツの父親が発見された時、それは目を覆う程に、痛ましい有様だった。
全ての鱗は勿論、皮膚もはぎ取られ、眼球も、内臓も、ありとあらゆるものが奪われていた。
竜人の身体のほとんどが、人間からすれば金になる。
滋養強壮、怪我の回復、美容効果、etc. ありとあらゆる“薬”になるのだ。

父親の面影は、欠片も残されていなかった。
最悪なことに、そんな父親を発見したのは、父親に昼の弁当を届けに山に入ったグレンツだった。

父親を亡くしたグレンツだったが、母親もすぐに父親の後を追った。
竜魂の儀をおこなっていた番だったから、それは仕方のないことだったのかもしれない。
両親の遅くに出来た一人子だったグレンツは、頼る親戚も無く、天涯孤独となった。

村の者たちは心配し、グレンツのことを町の孤児院へと送ることにした。
アーザイリイト竜王国は豊かな国であり、福祉もそれなりに行き届いている。
孤児院とはいえ、子どもが虐げられるようなことは無い。
辺鄙な村にいるよりは、町の孤児院へ行くほうが、教育を受けることができる。村の者たちは、そんな思いから、グレンツを町へと送った。