24(2/2) ― 王宮でお茶を①
竜気がほとんど無いグレンツだったが、替わりに優秀な頭脳を持っていたようで、孤児院で教育を受けるようになると、メキメキと優秀な成績を修めるようになっていった。
グレンツが20歳を超えると、あらかたの教育は終了した。
その、どれをも優秀な成績で終了したグレンツを、孤児院の院長は王宮の文官へと推薦した。
優秀な者を国の機関で働かせるという、国の施策によるものだった。
文官になったグレンツは、その優秀な頭脳で、様々な改革案を国に提出した。
そのほとんどが周りの同僚や上司により、握りつぶされていったが、グレンツにとっては、どうということは無かった。
孤児院出身の自分が王宮で働けるだけで、有り得ない程の幸運なのだ。ただ、その恩を返したいと、グレンツは自分に出来ることは無いかと模索していた。
ある日、自分の提案の1つの詳細を聞きたいと、上の方から声が掛かった。
その提案は、握りつぶされたはずだったし、上司よりも遥かに上層部の方からの声掛けということで、グレンツは緊張したま、呼び出しに応じた。
そこに居たのは、竜王妃マリエッタだった。
それからの日々は、怒涛の勢いだった。
あれよあれよという間に、グレンツは出世していった。
「私には竜気は殆どありません。身分も孤児で後ろ盾もございません」
出世のたびに、マリエッタへとグレンツは直訴する。
「あら、私は人間だから竜気なんて、元からないわよ。それに農家の娘の私に、後ろ盾なんか、あるわけないじゃない」
その度、マリエッタから、軽くいなされてしまうのだった。
“マリエッタの子飼い”
それがグレンツの呼び名だ。
だが、周りに何と言われようと、グレンツは構わない。
出世よりも権力よりも、自分を認めてくれる人がいる。自分の居場所がある。
それがグレンツの幸せだった。
手に持つ小さな袋を見て、笑みがこぼれる。
グレンツは足早に回廊を進んでいく。
「マリエッタ様、失礼いたします」
両側に紅薔薇隊の守る扉をくぐり、マリエッタの私室へと入る。
「よく来てくれたわね。それ?」
笑顔で出迎えてくれたマリエッタの視線は、グレンツの手に握られている小さな袋に注がれている。
「ええそうです。手に入れるのに時間が掛かってしまいました」
グレンツの生まれた北の地方で、少量しか採れない珍しい茶葉は、知る人ぞ知る名品だ。
飲んでみたいと言うマリエッタのため、グレンツは故郷の伝手を使い、この茶葉を手に入れたのだった。
「楽しみだわ。
もうね、王宮にカンズメで暇を持て余していたのよ」
ウンザリだと言いたげに、マリエッタは “ぷう” と、可愛らしく頬を膨らませる。
マリエッタは数日前の舞踏会で倒れた。
機転を利かせた竜王が、会場から連れ出したおかげで、招待客に知られることは無かったが、それはそれは周りの者達の肝を冷やした。
倒れた本人はケロリとしているが、周りの者達からの多大な心配により、現在王宮から出ることは許されていない。
自由の利かなくなったマリエッタは、御冠だ。
「何を言っておられるのですか、御身大事に願いますよ」
「はいはい」
グレンツの言葉に対し、マリエッタの返事は軽い。
皆の心配をマリエッタは、いなして本気にしない。
「では早速淹れていただきましょう。シオン頼みます」
竜王妃であるマリエッタは、いくら高位の宰相が持ってきたものとはいえ、すぐに口にすることはできない。
しかるべき毒見を経るのだ。
グレンツは女官長シオンへと茶葉を渡す。その時にマリエッタには分からないよう、目配せをする。
シオンも微かに返事をする。
「あら、今日はシオンが淹れてくれるの? 楽しみね」
マリエッタはニコニコと上機嫌だ。
侍女長エリカは必ずマリエッタの傍らにいて、片時も離れることはない。
マリエッタのお茶は、そんなエリカ自らが淹れ、他の誰にも淹れさせることは無い。
それなのにエリカが今はいない。
なぜ、この場にエリカがいないのか、上機嫌のマリエッタは、気付くことは無かった。
違和感にマリエッタは気づけなかったのだ。
すぐに茶器の準備が整い、マリエッタの前にグレンツが持ち込んだ茶が置かれた。
「甘くて、いい匂い」
マリエッタの声に、何故か部屋の中にいる紅薔薇隊の者達や侍女にいたるまで、マリエッタから目を背けた。
偶然なのか、今日マリエッタの周りにいる者達は、全員がグレンツと特に親しい者達だ。
マリエッタはカップを持ち上げると、香りを楽しんだ後、ゆっくりと口に運ぶ。
コクリと、マリエッタの喉が上下した。
バターンッッ!
「マリちゃんっ。飲んだらダメだーっ!」
いきなりドアが開き、ジュライアーツが飛び込んできた。
しかし、一歩遅かった。
カチャン
カップをソーサーに置く音が響く。
本来ならば、貴婦人のマリエッタが、お茶の最中に音をたてるなど、ありえはしない。
それなのに……。
「グレンツ……。なぜ?」
両手で喉を押さえたまま、マリエッタの瞳が大きく見開かれる。
「私を騙したの?」
自分の対面に座る “マリエッタの子飼い” と呼ばれている男の顔を見つめる。
裏切ることは無いと、絶対の信頼を寄せていた男の顔を。
誰にも涙を見せたことの無いマリエッタの瞳に涙が浮かぶ。
「マリエッタ様。あなたが悪いのですよ」
グレンツの顔は冷静なままだ。いや、口の端が微かに上がり、笑みを作っているようにも見える。
※ グレンツに竜気が少ないことを周りの人達は気づいていません。馬鹿にされていないのは、竜気が強い者は竜気の気配を押さえることがマナーとなっているので、グレンツは竜気をわざわざ押さえていると周りの者達は勘違いしているからです。