●美魔女な龍王妃は家出中●

25(2/2) ― 王宮でお茶を②

「陛下、賊達を唆し、マリエッタ様を襲わせた人物は、グレンツ様の腹心の部下であるトータオに違いありません。
トータオは納税の担当官たちの、まとめ役をしております。その上、納税袋の管理も行っている。
裏付けを取っていると、ここ数カ月、トータオは頻繁に王宮を出て行っており、その行方を知っている者はいないそうです」
一旦言葉を切ったザガーリオは、ジュライアーツの目に視線を合わせる。
そして、思い切ったように口を開いた。

「トータオを使い、賊達を唆し、マリエッタ様を襲撃させたのは……。裏で糸を引いていた黒幕は、グレンツ様以外考えられません」
ザガーリオが告げた名前は、ジュライアーツが、ほんの先ほどまで、一欠けらも疑ってはいない人物だった。

「なぜだ……」
「陛下、マリエッタ様を襲ったと罪をなすりつけられた貴族たちを憶えておいでですか。
カーツ公爵、テイリオ男爵、ムイ子爵、アシュロイ子爵、ロイデン伯爵。
全ての者達がマリエッタ様襲撃には関係していなかったのに、賊達の証言により、徹底的に捜査されました。そのことによって、巧妙に隠していた、汚職、背任、密輸や不正売買。何かしらの罪が発覚し、捕えられています。
今は全員が、牢屋の中です」

今回の襲撃事件は、マリエッタの襲撃とは関係の無い所で、多数の犯罪者が捕まった。
それも、政治や貴族社会の中枢の者達で、強い権力を持ち、逆らうことの出来にくい人物ばかりだった。

「全てがグレンツ様の政敵といわれていた人物ばかりです」
ザガーリオの言葉に、嫌でも納得させられる。

グレンツは“マリエッタの子飼い”とまで言われている男だ。
事務方の最高位である宰相を務めているが、人間のマリエッタに媚びて出世した竜人として、馬鹿にする貴族の者達も多かった。

特に、今回捕まった貴族達は、そのキライが強く、公私にわたり、裏でグレンツの邪魔や足を引っ張ることが多かった。
グレンツにすれば、どうにかして排除したい者達だったはずだ。

それでも、ジュライアーツには、グレンツがマリエッタを襲ったとは思えなかった。
自分の邪魔になる者達を政治的に亡き者にするために、マリエッタを襲わせるだろうか。
マリエッタを襲う必要があったのだろうか。

公務の中で、財務関連を担当しているマリエッタとグレンツは、上司と部下の関係になる。
しかし、マリエッタとグレンツは、職務とは関係なしに、姉弟(きょうだい)のような、親友のような、そんな付き合いをしているように見えた。

「なぜだ」
ジュライアーツには、どうしても信じられない。
自分が嫉妬してしまう程に仲の良かった二人なのに、いったい何がグレンツを、そうさせたのか。

「陛下、グレンツの父親は人間に殺されております。
それも、むごたらしい死に方だったと聞き及んでいます。
母親もすぐに後を追ったようで、グレンツにすれば、人間から両親ともに殺されたと思ってもおかしくはありません。
人間を憎んで当たり前なのではないでしょうか」
「だからと言って、全ての人間を憎むだろうか……」
グレンツの言葉に、ジュライアーツは、否定の言葉を返すが、その言葉に力はなかった。

マリエッタが人間だったから、グレンツは憎んだのだろうか。
人間のマリエッタとあれ程に仲睦まじかったのに、心の中では憎んでいたのだろうか。
マリエッタを殺したいと思う程に、憎んでいたのだろうか。

マリエッタに何と説明すればいいのか……。
グレンツがマリエッタ襲撃事件の黒幕だったなど、あのグレンツを信頼しているマリエッタにどう伝えれば。
ジュライアーツは頭を抱える。

様々な伝え方を考えていたジュライアーツは、ふと朝方のマリエッタを思い出す。
……マリエッタは何と言っていた?
公務へと向かうジュライアーツに、楽しそうに笑いながらマリエッタは言ったのだ。

―― 今日ね、グレンツが珍しい、お茶を御馳走してくれるんですって、楽しみだわ ――

ゾクリ
全身の肌が粟立つ。
まさか、まさか、まさか……。
マリエッタが危ない!

「マリちゃんっ」
座っていた椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった竜王は、隣に控えていたザガーリオの存在など忘れていた。
ただマリエッタの元へと急ぐ。

「陛下っ、どうされましたっ」
ジュライアーツは、そのまま部屋を飛び出す。
ザガーリオは慌てて、その後を追うが、その速さは追えるものではない。

執務室から、マリエッタの私室まで、いつもはすぐの、その距離が途方もなく遠い。
やっとたどり着いた部屋の扉を大きな音をたてて開ける。

「マリちゃんっ。飲んだらダメだーっ!」
息を切らし、部屋に転がり込んだジュライアーツが目にしたものは、ゆっくりと、お茶を嚥下するマリエッタの姿だった。

ブワッ。
竜王の身体から、おびただしい量の竜気が吹き出す。
部屋の中に居た紅薔薇隊隊員や、侍女達が竜気にやられ、うずくまり、動けなくなっていく。

「グレンツ……。あなた、なぜ?」
両手で喉を押さえたマリエッタは、よほど信じられないのか、瞳が大きく見開かれている。

「私を騙したの……」
マリエッタの縋るような問いかけに、対面に座るグレンツは、落ち着いた様子でマリエッタの様子をうかがっている。
その口元は、微かにだが笑っているようだ。
マリエッタの瞳には、涙が溜まっているように見えた。

あの、誰の前でも泣いたことの無いマリエッタの瞳に、涙が光って見えたのだ。