26(1/2) ― 王宮でお茶を③
「マリちゃんっ。飲んだらダメだーっ!」
息を切らし、部屋に転がり込んだジュライアーツが目にしたものは、ゆっくりと、お茶を嚥下するマリエッタの姿だった。
「マリちゃんっ」
ジュライアーツはマリエッタに駆け寄り、その華奢な肩を抱きしめる。
何故もっと早く気付けなかったのか。
後悔が押し寄せてくる。
「お前達っ、何をしているっ。早く医師を呼べっ」
ジュライアーツの怒鳴り声に、しかし竜気に当てられた周りの者達は動けないでいる。
グレンツを今すぐにでも引き裂いてやりたいが、今はマリエッタの方が大事だ。
「マリちゃん、大丈夫だよ、すぐに医者に診てもらえるから安心して。寝室に連れて行くよ」
マリエッタの治療を一刻も早くしなければならない。
吐かせた方がいいのだろうか?
いったいどうすればいいのか、グルグルと思考は上滑りして、まとまらない。
焦りばかりがジュライアーツを押し包んでいく。
少しでも早くと、マリエッタの膝裏に手を掛け、抱き上げようとする。
「アーツ、ちょっと邪魔よっ。それにゴチャゴチャ煩い」
抱きしめていたマリエッタから、ペイッと、引き離される。
「え?」
マリエッタから離され、竜王は混乱してしまった。
「あのっ、あのっ、マリちゃん、毒が。身体が、あの」
心配の上に、状況が判断できない竜王は、マリエッタの隣でオロオロとしているだけだ。
今迄、苦しげに喉元を押えていたマリエッタは、微かに微笑むグレンツへとキツイ目を向ける。
「どういうこと、グレンツ。
あなたに裏切られるとは思ってもいなかったわ」
「私が裏切ったなどと、心外ですね」
猛るマリエッタに、器用に片眉だけをあげて、グレンツが答える。
「こんなに甘くて、いい匂いに偽装までして。そんなにしてまで、私に“これ”を飲ませたかったの?」
「勿論ですとも、手に入れるのに苦労したんですよ
」
ニヤリと皮肉気に笑うグレンツには、罪悪感の欠片も見受けられない。
マリエッタは、怒りの為か、段々とヒートアップしていく。
「私が飲みたくないって、知っていたわよね」
「知っていましたよ」
「じゃあ何故よ。何故飲ませたの? 苦くて、苦くて、思わず涙目になっちゃったじゃないのよっ!」
目尻に溜まった涙を拭いながらマリエッタはグレンツを睨む。
「私はね、嫌いなの。大っ嫌いなのっ。絶対、薬湯なんか、飲みたくなかったの。その上、これは一番嫌いなザースの薬湯じゃないっ!!」
「え……。薬湯?」
マリエッタの叫びに、隣からジュライアーツが呆けたような声を出す。
「マリエッタ様は数日前に倒れられたのですよ。それなのに、我がままばかり仰って、薬湯すら、お飲みにならない。
どれほど周りの者達が心配していると思っているのですか」
今度はグレンツがマリエッタを睨む。
「だ、だって、元気になったし。どこも悪くないし」
「ほう、数日前に過労で倒れた方が、どこも悪くないとはねぇ」
今迄強気なマリエッタだったが、グレンツの額の“怒りマーク”に押され気味だ。
「いいですかマリエッタ様。マリエッタ様は立て続けの公務により過労で倒れられた。過労とは、一朝一夕になるものではありません。段々と疲れが積み重なった上での症状です。それなのに、もう元気? もう悪い所は無い? ふーん。そうなのですか」
怖い。グレンツの笑顔が怖い。
柔らかな笑顔をマリエッタに向けているが、瞳が底光りしている。
「いいですか、マリエッタ様。これは皆の総意です」
グッと一瞬言葉に詰まったマリエッタだったが、それでも言い返そうと口を開こうとした時。
「マリエッタ様っ」
侍女長のエリカが部屋へと転がり込んできた。
「マリエッタ様っ。ちゃんと薬湯は、お飲みいただけましたか? 本当だったら、私が自ら淹れて差し上げるのに“お前は演技がヘタで、マリエッタ様に気づかれるからダメだ”と、部屋から追い出されていたのです」
シクシクと目元を押さえながら、マリエッタへと話しかけるが、その目には“勿論、飲んだでしょうね”と、強い思いが隠れている。
「あー、うん、まあ」
マリエッタの返事は歯切れが悪い。
「貴婦人でいらっしゃるマリエッタ様は、勿論、口を付けたお茶を残したりなさいませんよね。
竜王妃様が、そんな不作法なことを、されるはずがありません」
グレンツはニンマリと口の端だけを上げて、器用に嗤う。
「ぐ、ぐぐぐ……」
マリエッタは、グレンツを睨んでいたが、ふと、視線を感じて、周りを見回す。
女官長。紅薔薇隊隊員。侍女達。
全ての者達が、マリエッタが薬湯を全て飲み干すのを、今か今かと待ちかまえている。
目の前にあるザースの薬湯は、まずい上に後味が最悪だ。
マリエッタの一番苦手な薬湯といっていい。
一口しか飲んでいない薬湯は、まだカップに、なみなみと残っている。
「マリエッタ様。こちらが望まれていた茶葉です」
グレンツは、懐からリボン付きの小さな袋をだす。
「それって」
「さようでございます。私の故郷から取り寄せた茶葉です。
さあさあ、薬湯を飲んでしまってください。この茶をエリカに淹れてもらいましょう」
「勿論でございます。とびきり美味しく、お淹れいたしますわ」
エリカが頷いて請け負う。
さすがグレンツである。
ダダをこねているマリエッタを上手く導いている。
ジュライアーツならば、こうはいかないだろう。
そのジュライアーツはマリエッタの隣で、ただ呆けているだけだ。
「わかったわよっ! 飲めばいいんでしょう、飲めばっ」
マリエッタは、貴婦人らしからぬ力強さでカップを掴むと、グイッと一気に薬湯を飲み干す。
「苦っ。苦いっ。にっがーーー」
「「「おぉ~」」」
悶えるマリエッタに、周りの者達は、歓声を上げる。
「よくぞ頑張りましたわ。さすがマリエッタ様」
「マリエッタ様っ。偉いですわ」
「やはりマリエッタ様は偉大だ」
薬湯を一杯飲んだだけで、大騒ぎだ。
紅薔薇隊のフェルーン・ゼンや侍女のエリーなど涙を浮かべて感動している。