26(2/2) ― 王宮でお茶を③
「グレンツ様。お聞きしたいことがございます」
和やかな雰囲気の部屋の中に、低い声が響く。
何時の間に部屋へと入っていたのか、ザガーリオがマリエッタの隣へと立つ。
マリエッタをジュライアーツと両脇から守る態勢だ。
「お前たちは出て行きなさい」
ザガーリオの張りつめた雰囲気に、部屋の中の者達は戸惑う。
特に紅薔薇隊の隊員たちは、マリエッタを残し退出するのをためらうが、竜王が頷くのを見て、部屋から出て行った。
「マリちゃんも出てもらえるかな」
ジュライアーツは、マリエッタに仲の良いグレンツが縄打たれる所は見せたくはなかった。
「ううん、何が始まるのかは分からないけど、私は残るわ」
マリエッタは、いままでダダをこねていたとは思えない、凛とした態度で椅子に座りなおす。
絶対に出て行かない意思表示だ。
こうなるとマリエッタを動かすことは難しい。
ジュライアーツは諦めて、ザガーリオを促す。
「この3か月間に起こった、マリエッタ様襲撃事件で、グレンツ様の意見をお聞きしたい」
「ほう、私のですか」
ザガーリオの言葉に、グレンツは臆することなく軽い返事を返す。それどころか、微かに面白がっている様子が伺える。
「グレンツ様がトータオを使って人間たちを唆(そそのか)したことは、分かっています」
「ほお、トータオですか。よく調べましたね。トータオは慎重に事を運んでいたと思っていたのですが」
あまりにもあっさりと自分が関与していたことをほのめかす発言をするグレンツに、ザガーリオは肩透かしを食らった気がした。
「グレンツ。お前は、マリエッタの襲撃に関係したと認めるのか」
ジュライアーツの声は低い。
それほどまでにグレンツを信じていたのだ。
「陛下、なぜ私がマリエッタ様を襲ったと思われるのですか。マリエッタ様を襲う理由が私にあるとでも」
ジュライアーツの問いに、逆に問い返すグレンツ。
竜王であるジュライアーツの力は計り知れない、その一捻りでグレンツの命は吹き飛んでしまう。
それなのにグレンツは余裕のある態度を崩さない。
「私がマリエッタ様を仮に襲ったとして、その原因はなんだと思います?」
グレンツの唇は弧を描く。
「陛下。あなたですよ」
「「え?」」
グレンツの言葉に、ジュライアーツどころか、ザガーリオまでもが驚きの声を上げてしまった。
ジュライアーツとザガーリオが考えてきた中に、ジュライアーツが原因であるとは思ってもいなかった。
グレンツがジュライアーツを恨むような節は今まで一切見当たらなかったからだ。
二人の驚いた顔に気をよくしたのか、グレンツは話し出す。
「料理長のイジザは、なかなかの気分屋なんですよ。陛下たちの言うことはよく聞きますが、私の言うことなど少しも聞いてはくれない。料理の腕は絶品なのに、とても残念です」
いきなり料理長の話をし出すグレンツに二人はとまどう。
「そう。あれは半年前のことでした。珍しくイジザは機嫌が良くて、私の好物のマドレーヌを作ってくれると言ってくれたのです。イジザのマドレーヌは絶品ですからね、それはもう楽しみで、楽しみで。それなのに……。
出来たマドレーヌを陛下、あなたが奪っていったのです。出来立てをです。私がイジザに頼み込んで、やっと作ってもらったマドレーヌを。私がどれほど陛下を恨んだか……」
おどろおどろしい瞳をジュライアーツに向けるグレンツ。
魂が抜けたような顔をするジュライアーツ。
「貴様っ、関係の無い話をして、けむに巻こうと言うのかっ!」
ザガーリオがグレンツに荒々しい声を掛ける。
今にも飛びかからん勢いだ。
「ザガーリオ、押さえて頂戴。グレンツも悪ふざけが過ぎるわ」
今迄、傍観に徹していたマリエッタが、片手を上げてザガーリオを諌める。
グレンツには、渋い顔を作って向けるが、グレンツは、そ知らぬ顔だ。
「アーツ。ザガーリオ。ごめんなさい」
マリエッタが深々と頭を下げる。
「マ、マリエッタ様っ。頭を下げるなどっ」
ザガーリオが慌てふためく。
王族が、それも竜王妃が臣下に謝罪など、あってはならないことだ。
「どういうこと」
何かを感じ取ったのか、ジュライアーツはマリエッタに視線を向ける。
「えっとぉ。マリエッタ襲撃事件の黒幕は私でーす」
“テヘペロ”的な上目使いでマリエッタは二人を見る。
「は?」
「え?」
あまりの衝撃に言葉が出てこない二人。
「えっとね、襲撃事件の濡れ衣を着せられた5人は、ほぼ確実に悪いことをしているのが分かっていたの。汚職や贈賄とか、チラチラ見え隠れするの。でもね、事務方が総力を挙げて証拠を掴もうとしたのだけど、どうしてもダメ。頑張ったのよ。事務方一丸となって、頑張ったんだけど。あいつら権力とかコネとか、下手に持っているから、どーしても尻尾を掴めなかったの。それで、何とかしなきゃと思って考え付いたのが、王族への反逆罪。問答無用で家宅捜査は入るし、徹底的に身ぐるみはがされて調べつくされる。ここまでやられて白なら、私も事務方たちも諦めがつくと思って……」
「で、自分を襲わせたということです」
マリエッタの言葉をグレンツが継ぐ。
「この頃増えてきた不法入国者の人間に接触し、唆してマリエッタ様を襲わせる。人間たちには、竜人国の貴族に頼まれて王妃を襲ったと言わせて、貴族に強制捜査を入れる。貴族は捕まり、不法入国者も捕まえられる。一石二鳥です」
「マーリーちゃーんー」
「マリエッタ様っ、なんということをっ」
ジュライアーツとザガーリオは、王妃のあまりの無謀ぶりに、低い声を出しながら、詰め寄っていく。
「だ、だから、ごめんなさいって」
焦ったマリエッタは、再度謝っているが、今からお説教タイムが始まりそうだ。
始めグレンツは猛烈に反対した。
大切なマリエッタを囮にするなど、出来るはずはない。
相手がいくら脆弱な人間たちとはいえ、万が一ということもある。
しかし、マリエッタは食い下がった。
自分がジュライアーツの元を去った時、少しでも憂いを残しておきたくない。
ジュライアーツの治世を盤石にしたいのだと。
人間の自分はジュライアーツの側に永くいることは出来ない。
いつ、ジュライアーツの手を離さなければならなくなるか分からない。
だからこそ、やらせてくれとマリエッタに懇願されたのだ。
マリエッタの腹心の部下として、苦悩を知る友人として。
とうとうグレンツは首を縦に振った。
後で、咎を免れないとしても、マリエッタの力になりたいと思ったのだ。
グレンツの顔に、微かな笑みが零れる。
―― アーツがね、私がおばあちゃんになっても一緒にいたいって、言ってくれたの ――
あれ程、辛そうな顔をして、ジュライアーツの元から去らなければならないと言っていたマリエッタが、幸せそうな顔をして、グレンツに話してくれたのだ。
マリエッタが悩みを打ち明けてくれないと愚痴っていた竜王は、いつの間にか、妻の悩みを解決していたらしい。
友人の幸せを心から喜ぶグレンツだった。