28(1/2) ― ジュライアーツの思い(前編)
マリエッタがいなくなった。
たった1枚の手紙を残して。
あの家出用にマリエッタが準備した家は、居間の戸棚の裏が隠し扉になっていた。
侍女達や親衛隊も、誰一人そのことに気づいていなかった。
夜間は家の中に侍女たちは入ることを禁止されていた。
もともとマリエッタは王宮でも夜間、私室には侍女たちを入れていなかった。
一人でゆっくりしたいからと言われ、侍女達は、その言葉に従っていた。
紅薔薇隊も家の周りを警備はしていたが、隠し扉の先は、塀に面していたため、盲点となっていた。
隠し扉と家を囲む塀は、そこだけ接していて、マリエッタは周りの者達に気づかれることなく、いつの間にかいなくなってしまっていた。
ジュライアーツ宛てに残された手紙には、すぐ帰るから、待っていること。
自分を探さず、公務など通常通り行うこと。
短い文章が書かれていた。
結婚して26年。初めてのことにジュライアーツは驚き、悲しんだ。
しかし、すぐに帰ると明記してある手紙を握りしめ、なんとか平常心を保った。
何故マリエッタが家を出て行ったのか判らない。
死ぬまで一緒だと約束したばかりなのに。
「マリちゃんは、何も言ってくれないから……」
竜王の独り言は小さく、誰にも聞こえない。
ジュライアーツは100歳を過ぎたころから自分の番を探し始めた。
番と言っても“魂の番”をだ。
あと少ししたら、自分は竜王にならなければならない。
その前になんとしてでも番と出会いたいと思っていた。
竜人なら全ての者が胸に鱗がある。その中央にある一枚の鱗。竜魂と呼ばれるその鱗には、他の鱗とは違う濃い色が付いている。
その色は他の鱗を少し濃くした色をしているのだが、ジュライアーツの持つ鱗は違っていた。
黒に近いほどの紫。
竜魂の色が濃ければ濃いほど、竜人としての力が強いといわれている。それは竜王を表す色。
ジュライアーツは生まれた時に次代の竜王になることが運命づけられていた。
今の竜王はまだ若い。
自分が竜王になるのは、まだ先だろう。
だが、100歳を超えた今、心が番を求めている。
竜人は番を欲する。
しかし、魂の番といわれる者と出会える者は少数だ。
なぜなら、魂の番は竜人とは限らないから。
種族も年齢も、性別さえも判らない。
この広大なガリーア大陸に住む、無数の者たちの中にいるかどうかも判らない。
たった一人の魂の番を探すのは、ほぼ不可能といえる。
魂の番に出会えない竜人たちは、他の種族の者たちのように、恋愛をしたり、見合いをしたりと、自分の相手を見つける。
そうして生活していく。それが普通だ。
しかし、ジュライアーツの心は魂の番を求めた。
竜人の力が強いと言うことは、本能も強いということ。
本能が求める魂の番を、どうしても諦めることができないでいた。
ジュライアーツは許せる限りの時間を使い、様々な場所を探し回った。
幸いなことに、強い能力を持つジュライアーツには翼があり、飛んで探すことができた。
アーザイリイト竜王国の中を隅々まで探して回った。
しかし、やはりというか、ジュライアーツの魂の番はいなかった。
時間だけが過ぎ、何十年という時が過ぎていた。
ジュライアーツはそれでも諦められなかった。どうしても心が魂の番を求めるのだ。
探索範囲は徐々に広がり、とうとう、アーザイリイト竜王国以外の国々をも探すようになっていった。