28(2/2) ― ジュライアーツの思い(前編)
その日、ジュライアーツは翼を広げ、大陸の東の端まで来ていた。
今迄、東の端まで来ることはなかった。
少しずつ政務に携わるようになってきていたジュライアーツだったが、竜王がいきなり退位し、自身が竜王に即位させられてしまったのだ。
環境が激変し、公務も激務となった。
探索の時間が取れなくなってしまっていた。
なかなか大陸の端の方まで行く時間が捻出できなかった。
東西に長いガリーア大陸では、東の端に行くのには、一番時間がかかる。
東の端にあるのは、たしかケノン公国という小国だ。
農業が盛んだが、これといって特産品も無い。取り立てることも無い小さな国。
その上空を飛んでいるとき、今まで感じたことのない感覚がジュライアーツを襲った。
ソワソワとしていたたまれない。それでいて、胸が締め付けられるような。
焦がれる―――――
初めての感覚。
慌てて地上へと降りる。
そこには、自分の“魂の番”がいた。
こちらを振り返った少女。
驚いたように、こちらを見ている。
燃えるように紅い髪。少し吊上がった瞳。ふっくらとした頬。
鼻の周りには少し、そばかすがある。
「やっと見つけた、やっと見つけた、やっと見つけた……」
ジュライアーツの口から自然に言葉が漏れる。
そこからのジュライアーツの記憶は曖昧だ。
気が付くとマリエッタを攫い、自分の宮に閉じ込めていた。
「マリぢゃん、ごべんでぇ~」
家に帰せと喚くマリエッタを、ただ諌めることしかできなかった。
もうマリエッタのいない生活は考えられない。
マリエッタが自分の前からいなくなったら、自分を押さえる自信は無い。
いままで、ただ淡々と政務をこなしてした。
竜王として、やらなければならないことを、ただ処理するだけの毎日だった。
でも変わってしまった。マリエッタが自分の側にいるというだけで、心が弾む。人生が彩られる。
泣いて縋って懇願して。ただただマリエッタに自分を受け入れて欲しかった。
毎日毎日、何カ月も同じことを繰り返した。
「しかたないわね」
マリエッタが寂しそうに、悲しそうに、諦めたように呟く。
マリエッタが自分に対して、好意を持ってくれているのかどうかは分からない。ましてや愛していないのは重々分かっている。
それでも、マリエッタが受け入れてくれるなら、自分はそこに付け込む。
マリエッタがそれで自分の側にいてくれるなら、どんなことでもする。
周りの者たちは、マリエッタが人間であるという、そのことに難色を示した。
さんざん自分に妃を娶れと煩く言っていた者達が、掌を返して反対してきた。
ジュライアーツは、何一つ聞き入れることは無く、マリエッタの気が変わらぬうちにと、早急にマリエッタを竜王妃にした。
マリエッタの周りには、信用できる者を配した。
生まれ故郷から遠く離されて、生活や習慣、常識さえ違う場所に連れてこられ、どれほど戸惑い、心細い思いをしているのか心配した。
一番そばでマリエッタの世話をする侍女長には、自分の乳母を務めたサニオを置き、女官長には遠縁にあたるアイカ。妃教育には自分の教師を務めてくれていたイリエナを置いた。
3人とも年配の女性で、マリエッタが少しでも頼ってくれればと思っていた。
他の者たちも、ジュライアーツが自ら厳選し、マリエッタの杞憂が少しでも軽くなるよう気を配った。
忙しい政務の合間を縫って、出来るだけマリエッタの側にいるようにした。
勿論、ドレスや宝石。美しい花々を毎回プレゼントした。
自分ができることは全部やっている……。そんなバカな思いをジュライアーツは持っていた。
マリエッタを竜王妃にして、何カ月もたった後、ジュライアーツは思い知らされる。