●美魔女な龍王妃は家出中●

29(2/2) ― ジュライアーツの思い(後編)

「マリちゃん……」
ジュライアーツの呼びかけにマリエッタはゆっくりと血の気の無い顔を向ける。その瞳に、ジュライアーツは映っていない。

(なぜ何も言ってくれなかったの)
口から出そうになる言葉を飲み込む。マリエッタからの答えが分かり切っているから。

――― 信頼関係もない相手に何を言えというのか ―――

涙が零れそうになるのをぐっとこらえる。泣いていいのは自分ではない。

身の内で力が暴走しそうになる。
だが、いま暴れた所で何にもならない。
マリエッタに悪意を向けた者、敵対した者、虐げた者。全てを洗い出す。
マリエッタの安全のために。マリエッタの心が少しでも安らげるように。

マリエッタが人間だということで、マリエッタを竜王妃にすることを反対する者たちがいるのは知っていた。
しかし、マリエッタは竜王妃となった。竜王のただ一人の伴侶であり番だ。
その竜王妃に害をなすということは、竜王への裏切りであり、竜王へ仇なすということだ。
もともと竜人は番を自分自身よりも大切にする。竜王は本能が強い分、その思いは大きい。

ジュライアーツはマリエッタから離れることはしなかった。ただ、自分の存在を結界で隠し、誰にも見えないようにした。


「マリエッタ様、お加減はいかがでございますか」
侍女長のサニオを先頭に、女官長のアイカ、教師のイリエナが寝室へと入ってきた。
ノックもせず、部屋の外から声を掛けることもしない。

「お食事をお持ちしましたわ。ちゃんと召し上がってくださいな。いつも残されて、料理人も困惑しておりますのよ。
まだ竜人用の食事は嫌だとか仰いますの?」
「まあ、サニオったら、マリエッタ様は竜人の食事が嫌なんて仰ってないわ。
上品な食事に慣れてらっしゃらないだけよ。」
「申し訳ございません。手掴みで、お召し上がりいただける食事は、あいにくと王宮では出すことができませんの」
クスクスと笑いあう3人。
マリエッタは微動だにしない。ただ何も映していない瞳で佇んでいるだけだ。

ジュライアーツは目の前で笑う3人の女性に信じられない思いだった。
自分の中で最も信頼の厚い者達だ。マリエッタを託してもいいと信じた者達だった。

ジュライアーツは、歯噛みする思いで、その場をやり過ごした。ここで騒いだら、マリエッタに害する者たちを全て捕えることができない。
マリエッタに嫌な場面を見せたくない。その思いだけでなんとか耐えた。

ジュライアーツはマリエッタに害なした者達を洗い出した。
サニオ達はもとより、侍医。マリエッタ付きの侍女、女官、騎士。
マリエッタが虐げられているのを見たり聞いたりしたのに、知らぬふりをした者達全てだ。

竜王妃への行いは許されるものでは無い。もしマリエッタが亡くなっていたら、王族殺しとなる。
処罰は本人だけでは済まない。

侍女長を務めていたサニオは元々伯爵夫人だ。夫も子どももいる。
夫であるオイラント伯爵は、妻の行いを薄々気づいていたのかもしれない。ジュライアーツからの言葉に、ただ頭を垂れたままだった。

オイラント伯爵夫妻は斬首刑。家財は全て没収され、家は取り潰し。オイラント伯爵の子ども達は全て平民とし、王都からの追放。2度と王都へ戻ることは叶わない。

アイカやイリエナなど他の者たちも同じように重罪に処せられた。
罪人とされた者達の家族、親せきまでも全てが罰を負った。

―― 殲滅の粛清 ――

後に、そう呼ばれることとなった、竜王の怒りの強さを、まざまざと知らしめることになる出来事だった。