●美魔女な龍王妃は家出中●

30(1/2) ― 家出の真相

マリエッタは、王宮を出て、この家出用に購入した家へとやって来ていた。
そして、その日の深夜、こつ然と姿を消した。

寝室のテーブルの上に、ジュライアーツに宛てた手紙が一通置いてあった。自身の意志による出奔と思われるが、手紙の偽造など、やろうと思えば簡単に出来る。

マリエッタを探す多くの竜人達は、マリエッタは近くの村か、町へ行ったと思っている。
それはそうだ、マリエッタの家出用の家は、王都から離れた田舎にある。
食料の調達や宿の確保。もし遠くに移動しようと思ったら、馬車の準備も必要となる。
近隣の村や町は大捜索された。

ジュライアーツを中心に、蟻の這い出る隙もない程の捜査が行われた。
が、結果は思わしくはなかった。
村や町の者達は、誰一人としてマリエッタらしき人物を見た者はいないし、そもそも村や町に行った形跡がない。
まるで、突然に消えてしまったかのように、マリエッタの消息は途絶えてしまったのだ。

何一つ手がかりを掴めないまま、失踪から1日、2日、3日……。
だんだんと皆の顔に焦りの色が出始めた。

「マリちゃんの筆跡を僕が見間違うはずはないよ。マリちゃんは、すぐに戻ると書いているから、絶対に戻って来てくれる」
置手紙を握りしめ、ジュライアーツは何とか平静を保っていた。



その頃、当のマリエッタは家出用の家の中に居た。
実は家出していなかった。
いや、失踪はしているのだが、家は出ていないという、訳の分からない状態に陥っていた。

マリエッタは、家出用の家のキッチンにある床下収納庫の中に入っていたのだ。
広さは畳半畳ほど、高さはマリエッタが中で立つと胸より上が出る。
家を購入した時は、収納庫に蓋をし、上にカーペットが敷いてあったので、誰もキッチンの床に収納庫があることは知らなかった。

そう、知らなかった。
マリエッタも知らなかった。
マリエッタには、収納庫に好んで入る趣味はない。

家出用の家へやって来た深夜。侍女のエリーがマリエッタの寝室へとやって来た。
夜には家の中に侍女は控えなくていいと言いつけていたから、マリエッタは驚いた。
朝食の下ごしらえを料理人から言いつかっていたエリーだったが、うっかり忘れていたらしい。
慌ててキッチンへとやって来たら、そこには、あの黒い虫が……。
どうしようもなくなったエリーは、マリエッタに泣き付いて来たのだ。

「どのあたりに出たの?」
エリーと共に階下へと降りてきたマリエッタは、明かりも無いキッチンへと足を踏み入れた。
窓から月明かりが入ってくるとはいえ、ほぼ暗闇だ。

手探りしながらキッチンへと数歩入った所で、マリエッタは勢いよく突き飛ばされた。
思いもかけない衝撃に、為す術もなくマリエッタは前へとよろめいた。
そして、そこには、あるはずの床はなかった。
床の代りにポッカリと開いた穴の中へマリエッタは転げ落ちた。

「キャアッッ」
収納庫の中に落ち、身体中を打ち付け蹲(うずくま)るマリエッタを、上からエリーが見下ろす。
部屋が暗くて、エリーがどんな表情を浮かべているか、マリエッタには分からなかった。