31(2/2) ― 殲滅の粛清
ある日ジュライアーツは“魂の番”だといって、腕に女性を抱えて王宮へと帰ってきた。
喜色満面で、とても大事そうに抱きしめている。
― その女は、あろうことか、下賤で脆弱な人族だった ―
それからのサニオは、心がどうにかなってしまった。
人間などジュライアーツの、ましてや竜王の妃になどさせるわけにはいかない。
いきなり竜王国に連れてこられ、とまどっているマリエッタの侍女長となった。
ジュライアーツに自分以外に適任はいないと言いくるめた結果だ。
女官長のアイカと教師のイリエナは、サニオの古い友人であり、サニオの意見に同意してくれた。
卑しい人族。それも反発することさえできない小娘だ。
3人の“身をわきまえさせる為の教育”は、だんだんと度を超していった。
周りの者達も、次第に3人に感化されていった。
ジュライアーツの怒りをかうなど、誰一人、思ってもいなかった。
それからは、あまりにも、あっという間だった。
竜王妃の殺人未遂。そんな罪状がサニオに付いた。
自分は竜王妃に相応しくない人族を排除しようとしただけなのに。
最初は自分の行いを諌めようとしていた夫だったが、すぐに何も言わなくなっていた。だからこそ、認められていると思っていたのだ。
周りの者達も、サニオに賛同こそすれ、反対する者などいなかった。
牢屋につながれ、明日には処刑という日、家族に会うことを許された。
サニオには、二人の子どもがいる。
跡取りの長男と、嫁にいった愛娘だ。
牢屋に来た息子は、伯爵家の跡取りとは思えないほどの、みすぼらしい恰好をしていた。
泣いて自分の悲惨な現状を訴えようと思っていたサニオは、自分の息子のあまりの現状に、思わず声を上げてしまった。
「次期伯爵ともあろう者が、何という格好をしているのですかっ」
サニオの言葉に息子は腹を抱えて笑い出した。
「次期伯爵? お前は、まだこの現状がわかっていないのか。伯爵家など……。オイラント伯爵家など、もうありはしないのだ。屋敷、領地、財産。全部、ぜーんぶ無くなってしまったっ。歴史あるオイラント伯爵家は無くなってしまったのだ! お前のせいだっ! 見てみろ、私のこの恰好。出て行く使用人が、お情けでくれた服だ。私は使用人よりも低い身分になり下がったのだっ!! 今迄の努力も、これから先の人生もっ、全てすべて無くなってしまったんだっ!」
息子は、母親の縋る鉄格子を力いっぱい蹴りつけると、また笑い出した。
「リリーはどうなったと思う? お前の自慢の愛らしい娘のリリーだよ」
サニオは息子の話しに打ちひしがれていたが、娘の名前を聞いて、また鉄格子へと縋り付く。
「リリーは大丈夫でしょう。マーマリア伯爵様はリリーを大事にしてくれていたわ」
リリーは20年ほど前にマーマリア伯爵家へと嫁いでいた。政略結婚とはいえ、夫となったマーマリア伯爵は、リリーを大切にしてくれていた。
「お目出度い奴だな。まだ、そんな考えをもっているのか。リリーは今、離婚の危機だ。いや、もう屋敷からは追い出されたと言っていたな。リリーと婚姻を結んだままだと、おまえと親戚ということで咎を受けてしまう。マーマリア伯爵家を守るためには、リリーは厄介者以外の何ものでもないんだよっ。誰だって“とばっちり”なんか受けたくないからな」
今迄、笑いながら時折鉄格子をけっていた息子は、さも今気づいたと言わんばかりにサニオの顔をじっと見る。
「まだ、お前は知らないだろう。リリーは妊娠していたんたぞ。結婚20年目にして、やっとだ。あれほど望んでいた妊娠だ、さぞ喜んでいるだろうさ。無理やり堕胎させられるだろうがなっ」
息子は、また大きな声を上げながら嗤う。
「お前の孫は、お前の血縁というだけで、生まれてもいないのに咎人なのさ」
残酷な真実を最後にサニオに投げかけ、牢屋を後にした。
「お前はまだ判っていないのか。お前にわが身を悲しむ権利などないのだぞ……」
その場に倒れ込むと、大声を上げながら泣き出したサニオに、ここ数日で何十歳も年を取ったように感じられる夫が声をかける。
しかし、夫の言葉は、サニオに届くことは無かった。
それも処刑される、その時にでさえ。
※ サニオは親友のトニアータと話し合って、子作り時期を合わせています。
本当だったら貴族の奥様なので、子どもに自分の乳を与えることはありませんが、乳母になるために母乳育児をしていました。
※ 貴族の爵位が高いほど竜気が強く長命です。
サニオ達も貴族なので竜気が強く、何百年も生きます。なので100歳超えのジュライアーツを子ども扱いしています。