●美魔女な龍王妃は家出中●

34(1/3) ― 医師登場

竜王が扉を開けると、そこには服を着た犬が2本足で立っていた。
始めて見る異相に戸惑う。
犬の種類に詳しくない竜王は、ただ大型犬だとしか分からない。

「いや~、竜気っていうんですか? 初めて体験したわー。もう、オシッコちびるかと思ったわ」
犬は流暢な言葉を喋りながら、部屋の中へとヅカヅカと入ってくる。
犬が喋ったのには面喰ったが、問いただす。

「お前が医者か?」
「医者かといわれれば、違いますねェ」
「なんだと、何故ここに来た」
「まあまあ、そうカッカせずに。オレはジューガ国のシューシュと言います。
まあ、ジューガ国は、こことは別の大陸、ドリオイ大陸の中の国なんで、ご存知ないとは思いますがね。獣人の国ですわ。
オレは狼の獣人でね、あ、犬と間違わんで下さい。あくまで、オ・オ・カ・ミ、なんで」
シューシュはペラペラと喋りながら『少し、触りますよ』と、マリエッタの傍らまで近づいて来る。

「医者でもないのなら、マリちゃんに触るなっ」
止めようとするジュライアーツを共に入ってきた臣下たちが羽交い絞めして止める。

「陛下、どうぞ堪えて下さい。マリエッタ様の為です。もう、この者しかおりません。どうか、どうか」
必死の臣下たちの言葉に、ジュライアーツは何とか激情を治める。

この大陸の隣には、獣人の住まう大陸があることは知っていた。しかし、ほとんど交流は無く、獣人の存在すら忘れていた。
マリエッタが治るなら、狼だろうが犬だろうが問題はないが、医者でもない者に何が出来るというのだ。

「オレは医者ではないんですわ。獣人や竜人それに人間なんかの違いを研究する学者でしてね。丁度、学会に招聘されて、この国の王都に来てたんですわ」

シューシュはマリエッタに掛けられている上布団をめくると、全身に手をかざす。
マリエッタに直接触れることはない。
何度も何度も、かざす手をマリエッタの身体の至る所に動かす。

「これは……」
マリエッタの腹部で、動いていた手が止まる。
そして目を瞑り、何かを探るように、かざしたままの手を長い間その場に留まらせていた。

「こんなことが、あるのですなぁ……。竜王妃様の症状をお聞きして、まさかと思って来てみましたが……」
シューシュはマリエッタから離れると、感慨深げに呟く。

「マリちゃんはっ。マリちゃんは助かるのかっ」
息を殺してシューシュの診察を見守っていたジュライアーツが、たまらず声を掛ける。

「これは、非常に珍しい症状ですわ。長いこと研究をしとりましたが、初めて診察(み)ました。私の診断が間違いでなければ、竜王妃様を助けることができると思います」
「本当かっ! 頼むっ。マリちゃんを助けてくれっ。頼むっ!!」
ジュライアーツは、両手でシューシュの肩を掴む。

竜王は自分の竜人としての強大な力を忘れて、ただ、シューシュへと必死で縋った。
人間ならば、竜王の力に瀕死の重傷を負ったかも知れないが、さすがは獣人。

「痛たたた。竜王様、落ち着いて下さい」
シューシュは、少し眉をしかめるだけで流した。

「獣人と竜人は、種の違いはあっても人間にはない“力”を有するところは一緒です。
オレは、その力を専門に研究しとります。だから判るのですよ、竜王妃様の下腹部に“力”が溜まっていることが。これが、竜王妃様の身体を蝕んでいる原因です」
「力? 力とは、何だ? マリちゃんは人間で力など……。まさかっ、誰かがマリちゃんを呪ったというのかっ」
竜王は自分の言葉に青くなる。
竜王の自分は、人に恨まれる憶えは多々ある。しかし、それが自分の妻に向かったとしたら……。

「ああ、違いますよ。呪いなんかじゃありません。まあ、オレは呪いとか門外漢なんで分からないんですがね。竜王妃様の身体に溜まっている力は、竜気ですよ。それも竜王様の竜気によく似ている」
シューシュは顔の前で手を振って、竜王の言葉を否定する。

「竜気? なぜ、人間のマリちゃんに竜気が?」
「人間は獣人や竜人に比べると、あまりにも脆弱です。ですが、その代わり、魂と身体は我々と違って、とても柔軟なんです。
我々が逆立ちしたって出来ないことを、やってのけることが有るほどにね」
シューシュは言葉を切ると、意識の無いマリエッタを見、次にジュライアーツを見る。
なぜか羨ましそうに。