34(2/3) ― 医師登場
「余程、竜王妃様は竜王様のことを慕っておられるのでしょうなぁ。竜王妃様は自分の力で竜気を作られている。竜人になろうとされているのですよ」
「まさか……」
ジュライアーツは、言葉が出てこない。
そんなことが有るのだろうか。
「よほど竜王妃様は竜王様と同じ竜人になりたかったのでしょうなぁ。ご本人は無意識なのでしょうが、自分の身体を竜人に近づけようと、身体の中で竜気を作られた。
オレの想像ですが、何年、何十年と竜王様と夫婦生活を送ってこられ、身体に精を受け続けるうちに、それが可能になったのでしょう」
シューシュは感慨深げに目を閉じる。
そして、その顔は苦しそうに変わっていく。
「たが、それがいけなかったのですよ。竜気も獣人の力もそうですが、留まってはいけない。身体の中を廻らせるものです。滞ると毒となる。
人間の竜王妃様は、身体の中で竜気を作ることは出来ても、廻らせることが出来なかった。巡らせなければいけないということすら知らなかったでしょう。せっかく作った竜気が自身を苦しめることになってしまっている」
シューシュの説明に、ジュライアーツは苦し気な表情に疑問を浮かべる。
「まさか……。僕はマリちゃんの隣にいたのに、マリちゃんに竜気があるなんて気づかなかった」
「オレは竜王国に招聘されたとは言っても、呼んでくれたのは民間の団体で、庶民の人達なんですわ。その人達に比べると、この王宮にいる人達は、皆さん桁違いで竜気が強い。
こう見えても獣人の中では力が強いオレですが、圧倒されてしまいましたわ。竜気は身分が高い程、強いと聞いとります。ここにいる人達は、騎士様や侍女様達でさえ、高い身分の人達なんでしょうな。特に竜王様、あなた様は段違いで竜気が強い」
シューシュはマリエッタに向けていた顔をジュライアーツへと向ける。
「だからこそ、分からなかったのでしょうなぁ。竜王妃様に力が有ることが。人間の竜王妃様の力は小さい力なんですわ。本当に小さい力。
そんな竜王妃様が竜気の強い人達ばかりの中にいたのだから、誰一人、竜王妃様の力に気づかなかったのも、仕方のないことかもしれませんなぁ」
シューシュは慰めるようにジュライアーツへと頷いてみせる。
「小さな力……。マリちゃんが自分で竜気を作った? マリちゃんは竜人になったということ?」
「いいえ。人間は、どう頑張ったって人間です。ですが ”もどき“ にはなれた。柔軟な人間の魂は、強い想いで、それを実現した。竜人のような人間になれたんですよ。竜王妃様は、竜王陛下の為に、ご自身を変えられたのですなぁ」
ジュライアーツの頬に、一粒の涙が落ちる。
「マリちゃんが僕のために……。僕とマリちゃんが共に生きていけるように、マリちゃんは自分を変えてくれたの? マリちゃんが先に逝こうとするのを僕は、もう追わなくてもいいの?」
竜王の言葉に、シューシュは困ったように、首を傾げる。
「残念ながら、オレには分からないんです。オレは獣人なんで、竜人のことに詳しくはないです。竜王妃様が、どれ程の竜人もどきになられたのか調べようが無い。その上、こんな症例は稀(まれ)すぎて調べようにも文献もほぼ無いんですわ」
そう言って、考え込んでいたシューシュだったが、顔を上げると、ポンと手を叩く。
「そうだ。オレの祖父(じい)さんは医者なんですが、その祖父さんがこういう症状を診察(み)たことがあったと言っているのを聞いたことがあった。ちょっと待ってください……」
シューシュは思い出そうとしているのか、自分の眉間に指を当てると目を閉じる。
しばらくすると、ぱっと目を開けた。
「思い出した! オレの祖父さんの代には2組あったと言っていました。竜人ではなく獣人ですがね。祖父の後を継いだ親父の代はゼロです。オレは無いですわ」
獣人の寿命がどれほどの長さなのかは判らないが、家族3代に渡ったジューシュの言葉から、それ程に稀なことなのだと皆は感じ取った。
「オレら獣人は、基本は群れをつくります。よーするにハーレムです。オレら狼族みたいに一夫一妻もいますけど、それは稀ですわ。狼族自体が珍しいですしね、ほとんどは群れと考えていいです。そんな習性を持つ獣人が、いくら人間と契ったとしても、所詮は群れの中の1人としてしか扱わない。
夫婦で愛を育む、なんてことは難しいんですよ。なんせ群れの中では妻を平等に扱わないと、妻たち同士でマウントの取り合いが始まって、夫のことは二の次になってしまいますしね。夫も夫で、次にハーレムに入れるメスのことしか考えていない。
そんな夫婦だから、獣人と番った人間は、夫(妻)のために、獣人に変化しようなんて考えません」
やはり種族が違うと価値観も違う。
シューシュはフゥと溜息のような息を1つ漏らす。獣人と番った人間は、獣人に変化するどころか、早々に番の解消をしてしまう者が多い。
「竜人だってそうでしょう。竜魂の儀でしたっけ? 先走ってやっちまって、相手を駄目にしてしまうって聞きますよ」
シューシュは、部屋にいる臣下達をぐるりと見回す。
臣下達は他種族の者と番になったものはいないが、何故か皆が目を逸らす。
「相手と同じ種族になろうなんて、どんだけ夫を愛しているんだか。竜王様も果報者だわ」
しみじみと言うシューシュの言葉に、ジュライアーツはマリエッタの傍らに、跪(ひざまず)き、そのヒンヤリとした手を取る。
マリエッタが苦しんでいるのは自分のためなのか。
自分の竜人という種族にマリエッタはなろうとしてくれているのか。
マリエッタの苦しみを思うと、喜んでいいのか分からない。ただ、マリエッタのことが愛しくて、愛しくて、どうしようもない。