36(1/2) ― 竜人と竜人もどき
「私が竜人“もどき”?」
シューシュと名のる大型犬に診察を受け、一番に聞かされた言葉だった。
「人間であることは変わりませんがね、竜人に近い人間になったと思ってください」
「なんだかよく分からないわね」
「ははは、そうですな。まあ、竜人と遜色なく生活できると思ってもらえればいいんですよ」
「そうなの?」
半信半疑のマリエッタは首を傾げる。
軽い会話を交わしてはいるが、マリエッタは本当に聞きたいことが聞けないでいた。
それは、自分の老化のこと、寿命のこと。
紅薔薇隊や侍女達、女官達など、多くの者達の涙、涙の大喜びの嵐が、やっと治まりつつあるが、今だベッド周りは、すすり泣きの者達だらけで、自分がどれ程、危ない状態だったのか知らされるようだ。
そんな大勢の人達が居る中で、聞けるような話では無かった。
それに……。
「マリぢゃんが~、しゃべったー」
ベッドに上半身を起こしたマリエッタに、縋り付いたまま離れない夫には、聞かれたくない話だった。
「ねえ、アーツ。私変わった所あるかしら」
「マリぢゃんが~、動いてるー」
聞く人を間違えた。
すぐさまマリエッタは思った。
“竜人もどき”になったと言われても、ピンとはこない。
変わった、と言われても、どこがどう変わったのか分からない。
身体に力が湧き出てくるとか、身体が妙に軽いとか一切無い。
もしかして……。
もしかしたら、もしかするかも。
「ねえ誰か。鏡を持ってきてっ」
マリエッタは、竜王にしがみ付かれているため、身動きが取れない。
ベッド脇で互いに抱き合いながら、泣き崩れている侍女に声を掛ける。
「マリエッタ様。どうぞ」
目を真っ赤に泣き腫らしたままの女官長シオンが、すぐに反応し、鏡台の上にあった手鏡をマリエッタへと届ける。
「ありがとう。シオンにも心配かけたわね」
「いいえ、いいえ。マリエッタ様さえ御無事なら……ううぅ」
目をハンカチで押さえながら言葉がでてこないのか、手鏡をマリエッタに渡すと、そのまま泣き崩れる。
「ようございました、ようございました……」
ブツブツと独り言を漏らしている。
マリエッタは考えたのだ。
(もしかして、もしかしてよっ。もしかしたらだけど、竜人もどきになったというのなら、竜気が出来たっていうことでしょう。竜人は竜気が強ければ強い程、年を取りにくいし、若さを持続できる。今迄、竜気が無かった私に竜気が出来たっていうんだから……若返ったんじゃない? 少し……ほんの少しかもしれないけど、若返ったかもしれないわっ! そうよっ、きっとそうだわっ!!)
マリエッタは期待度300%で鏡を覗き込む。
そこには見慣れた自分の顔が映っていた。
一歳たりとも、若くなってはいない。
(ですよねー。ええええ、分かっていましたとも。そんなに上手くいかないって、分かっていましたとも)
「けっ」
喜びに沸くベッド周り。その中心で、只一人ヤサグレているマリエッタだった。
ん? でも、何か違和感が。
手鏡の中、自分の見慣れた顔に何故か違和感が。
いつもは、その美しい紅い髪を結いあげているマリエッタだが、今は全て降ろした状態だ。
前髪もフンワリと、まゆ毛の所まで降りてきている。
眉毛の少し上、額の中央。
前髪に隠れて良く見えないが……何かある。
「何?」
前髪を上げてみる。
額に見慣れないものがある。
額の中央より、ちょっと下。ジュライアーツがマリエッタへと、口づけて竜気を流し込んでいた所。
所謂(いわゆる)「第3の目」と言われる場所だ。
薄い桜色の可愛らしい……鱗?
横並びに3枚。
竜人のそれよりは、随分小さいが、どうしたって鱗に見える。
間違いない。
「な、な、な、なにーーーーっ!」
思わず叫んでしまう。
「マリエッタ様っ、どうされましたっ。まさかまた体調がっ」
「マリエッタ様。いかがされましたかっ。具合がお悪くなったのですかっ」
いきなりのマリエッタの大声に、周りの者達が一斉に反応する。