●美魔女な龍王妃は家出中●

36(2/2) ― 竜人と竜人もどき

「ア、アーツ。これを見て。これこれっ」
いまだに縋り付いている夫の胸ぐらを掴むと、自分の額にぶつける様に近づけ、前髪を上げてみせる。

「マリちゃんが~、力強くってぇー、嬉しいぃ。え……マリちゃんに鱗?」
マリエッタの額を見たジュライアーツは、目を大きく見開くと呆然と動きを止めた。

「マリちゃんに鱗、マリちゃんに鱗……。そっかぁ、マリちゃん竜人になったんだぁ」
ウフフと嬉しそううに笑うと、竜王はマリエッタにスリスリと頬ずりをする。

「竜王妃様を診察させていただきましたが、竜気もきちんと循環しているようで、身体が活性化していますな。負傷された右わき腹や右足は怪我の痕跡すら無くなってしまったし、そのうえ鱗まで出来るとは、素晴らしいの一言ですなぁ」
マリエッタのベッドの脇に控えるシューシュが、感嘆したような声を出す。

素晴らしい。そうなの?
マリエッタは縋り付く夫の背中をポンポンと叩きながら思う。
いくら鱗が額に出来たとはいえ、自分の外見は一切変わっていない。若返ってはいない。
中年のままだ。
竜人の外見は寿命に直結している。
そう、竜人でも寿命の短い者はいる。

チラリと部屋の片隅へと視線を走らせる。
目にハンカチを当て、ひっそりと佇む男性。アーザイリイト竜王国宰相グレンツ。
人間の自分と同じ時を生きる竜人。

ジュライアーツを置いて逝かなければならないのなら、大騒動を巻き起こし、周りに迷惑をかけてまで竜人になった甲斐は無い。
いっそ、あのまま逝ってしまっていた方が、夫の悲しみは1度で済んだのではないだろうか。
ぬか喜びをさせてしまった分、悲しみは大きくなってしまう。
マリエッタの思考は、暗い方へと進む。

「症例がほとんどない為、解らない事の方が多いのですがね、竜王妃様は元々、力や体力は竜人並みにあったと、お聞きしています。
これに鱗まで出来たのですから、竜魂の儀をすれば、もう人間とは言えない程、竜人に近づくでしょう。
竜王陛下と竜魂の儀をするのですから、そんじょそこらの竜人には負けないぐらい、竜気も格段に強くなるでしょうなぁ」
データを取るためか、クリップボードに挟んだ紙に、何事かを書き込みながら、シューシュは呑気に爆弾を落とす。

「え、竜魂の儀。出来るの?」
「鱗の真ん中。竜魂が出来ているようですから、出来るでしょう」
呆然とするマリエッタに、呑気に答えるシューシュ。

ガバリッ!!
「きゃあっ」
いきなり右わき腹辺りに縋り付いていた竜王が、マリエッタの顔を両手で挟み、マジマジと覗き込む。

「竜魂が、竜魂が、竜魂が出来てる……。りゅーっこんがぁーっ、でーきーてーるーっっ」 竜王に、いきなり何かのスイッチが入った。
壊れた夫に驚きつつ、マリエッタは手鏡を三度、覗き込む。

横並びに3枚の鱗ができているが、その真ん中の鱗は、言われてみれば、少し濃い色をしているように見える。
しかし、ほとんど違いがないほどの濃さだ。

「これが竜魂? ホントに竜魂なのかしら」
マリエッタは新しく出来た自分の鱗を、チョンチョンと指で突(つつ)いてみる。

「マリエッタ様に竜魂がーっ! なんと素晴らしいっ」
「マリエッタ様に鱗がっ。鱗がっ!」
「マリエッタ様は、とうとう竜人になられたんだわっ」
周りの者達も大騒ぎを始めた。

「竜魂が、竜魂が……。竜魂の儀ができる。これで、竜魂の儀が」
今迄、どんなことをしたって離れなかったジュライアーツが、フラリとマリエッタから離れ立ち上がった。
そのままフラフラと奇妙な動きをしだす。
なぜか表情は抜けてしまっている。

“カクカク、フラフーラ。カクカク、フーラフラ”
ゾンビをマリオネットにしたような動きは、どこかで見たことがある。

「おおおっ、陛下が“喜びの舞”をっ!」
「何と、又この目で陛下の“喜びの舞”を見ることができるとはっ」
年かさの臣下たちが、ジュライアーツの変な動きを見て喜びに沸く。

あー、そうそう、これ見たことあるわぁ。
マリエッタは、古い記憶を引っ張り出しながら思う。
たしか私が結婚を承諾した時、いきなり踊りだしたんだったわ。あれを踊りといっていいのかは疑問だけど。

あまりにも嬉しいことがあると、竜王は“喜びの舞”を、踊ってしまうらしい。
その時のことを古い臣下たちは憶えているらしくし、皆で楽しそうにジュライアーツの動きに合わせて、手拍子を打っている。
周りの者達は、ちょっとした躁状態に陥っているようだ。

あんな不規則な動きに、よく手拍子が打てるわね。
へんな所に感心するマリエッタだった。

舞踏会などでは、あれ程、優雅に踊ることができるのに、これはなんなのだろう。
でも、たしかあれって3日ぐらい続いたわよね。
前回、ジュライアーツの“喜びの舞”は、3日3晩続いた記憶がある。ジュライアーツの体力の続く限り踊っているのだ。

夫の奇妙な踊りを見ながら、昔の記憶をボンヤリと思いだすマリエッタだった。