37 ― 捜査
マリエッタが回復し、周りの全ての者達が喜びに沸いている中、親衛隊所属、事務隊の面々は、マリエッタ竜王妃の誘拐監禁の犯人を捜査していた。
どう捜査しても、内部の者の犯行としか思えない。
マリエッタは、結局は家出用の家から出ておらず、床下収納庫に監禁されていた。
いくら家出用の家とはいっても、警備はしっかりしていた。
外部から部外者が入って来て、何日もマリエッタを収納庫に監禁するのは不可能だ。
狭い収納庫の中には、食事を運んだ形跡があり、排せつの処理もしてあった。毛布や衣類なども入れてあり、何度もマリエッタに接触した跡がある。
外部の者と考えるのには無理がある。
一番に疑われたのは、留守番として家出用の家に詰めていた、侍女のエリーだ。
エリーは錯乱と衰弱が激しく、現在、医療施設に入院している。
医療施設とはいっても騎士団管轄の医療施設であり、24時間監視体制が敷かれている。
勿論、施設どころか病室からも、1歩たりとも外へ出ることは出来ない。
常時見張りが付いている。
エリーの体調が戻り次第、拘束し取り調べを行い、そのまま牢獄へと送り込もうと、事務隊の者達は考えていた。
だが被害者である竜王妃マリエッタから『エリーは私を見つけてくれたのよ。取り調べなんてヤメテ』の一言により、逮捕は見送られている。
マリエッタへの聞き取りでは『いつの間にか、あの穴の中に入っていたの。私は人間で暗闇では目が効かないから、相手は見えなかったわ。それに相手は喋らなかったから、声も聞こえなかった。誰だか分からないわ』と言われ、事務隊の捜索は、暗礁に乗り上げてしまっていた。
しかし、捜査は打ち止めなどありえない。
おめおめとマリエッタを拉致された、警備を担当していたしていた紅薔薇隊の責任問題もある。
そして、ジュライアーツ竜王陛下の怒りは収まらない。
自分の妻には少したとりも、その激情を見せることは無いが、家出用の家は竜王妃が王宮で静養している間に、陛下自身により痕跡も残らない程に打ち壊された。
犯人が見つからない怒りがそこに見えた。
随行していた白銀隊や事務隊は、一言も声を掛けることは出来なかった。
そして、陛下や事務隊とは別に、執念を燃やす者もいた。
宰相グレンツ。
彼は、竜王妃というよりも、自分の友人の悲劇に激怒していた。
自らの手で犯人を捕まえようと、独自の捜査を開始していた。
「ヤバイわねぇ」
マリエッタは自室で、一人困惑していた。
自分の拉致監禁の犯人探しが終息しないのだ。
自分の夫や事務隊の面々に、犯人探しは止めるよう、ヤンワリと言ってみたが、柔らかい笑みで返された。
あれは絶対、止める気は無い顔だ。
それと、もう一人。
一番厄介かもしれない、自分の友人の顔を思い出す。グレンツだ。
友達思いの友人は、死にかけたマリエッタを見て、ハラハラと涙を零していた。
ヤバイ。
あれはヤバイ。
自分が賊達の囮になると話を持ちかけた時も、心底心配し止めてくれた。
そして、どうしてもやりたいと言い募った時には、協力してもいいが、責は全部自分が受けると言ったのだ。
そして、竜王の怒りを一身に受けようとした。
それ程、マリエッタを思ってくれている。
うーん。
マリエッタは考える。
このままでは、エリーの罪は、すぐに暴かれるだろう。
エリーが供述したら、一発で終わりだ。
そうなると、死罪は免れない。
エリーの罪が死で贖(あがな)わなければならない程のものなのか。
死にかけたのは、自分が竜人もどきになろうとした、いわば体質のせいであって、エリーは関係ない。
地下収納庫に入れられたとはいえ、本当だったら蓋を自分で開けて逃げればよかったし、大声を上げさえすれば、誰か気がついただろう。
自分が竜人だったなら、怪我なんて負っていなかった。
エリーは人間がどれほど脆弱か、知らなかったのだろうから。
エリーに罪が無いとは絶対に言わない。
人を監禁するのは、どんな理由があろうとも犯罪だ。
では、どうすれば……。
「エリーは美味しいのよね」
ポツリとマリエッタは言葉を零す。
マリエッタは26年間もの間、アーザイリイト竜王国の竜王妃を務めあげてきた。
幼く純粋なままで、いられた訳では無い。
そう、残酷なことも、やらなければならないことも多々あった。
マリエッタには、愛する者も守るべき者もいる。
幸せにすべき者達がいるのだ。
エリーがマリエッタの侍女のままでいたならば、マリエッタは、そのままエリーに箔を付けさせ、良い縁談を結んでやっただろう。
しかしエリーは、マリエッタに牙を向けた。
それは、許されることではない。
「そうね、エリーの未来をもらいましょう。死刑より、よっぽどいいわよね」
侍女一人の命など、竜王妃にとっては、ましてや国にとっては、あまりにも小さい。
処刑するのは簡単なことだ。
それよりも、役に立つというのなら、使った方が、よほどマシだ。
その日のうちに、マリエッタは、宰相グレンツを除く、関係者を全員、私室へと呼び寄せたのだった。