●美魔女な龍王妃は家出中●

38(2/2) ― 宰相グレンツの困惑

執務中のグレンツの元へ、謁見の間へ来るようにと竜王陛下の侍従がやってきた。
それも侍従長。
正式な呼び出しだ。
こんな時に、いったい何が?
大急ぎで身だしなみを整え、謁見の間へと向かう。

そこには、玉座に座る竜王夫妻。その脇を重臣たちが固めている。
少し離れた場所には、紅薔薇隊のオスカルーン隊長とアンドレーン副隊長が警備にあたっている。
紅薔薇隊は、守護対象であるマリエッタを守ることができなかったとして、謹慎させられていたはずだったが、いつの間にか職務に戻っていたようだ。
オスカルーンなど、自責の念から、自殺をするのではないかと思われるような顔色をしていたが、今は明るい顔をしている。

謁見の間には、多くの者達がひしめき合い、何事が始まるのか、興味津々な顔つきをしている。
宰相である自分が知らない間に、何が始まろうとしているのだ?
竜王夫妻の前まで進む。

「グレンツ=ソラリアット参りました」
膝を折り、正式な礼をとる。

「ご苦労。急の呼び出しに、よく来てくれた。面を上げよ」
いつもの親しげなジュライアーツではない。そこにいるのはアーザイリイト竜王国の冷徹な竜王陛下だ。

グレンツは、今から何が始まるのか、まるで見当がつかなかった。
今迄、このような呼び出しを受けたことは無い。
陛下の隣に座るマリエッタですら、よそよそしい表情のまま、グレンツの方を見ようとはしない。

「グレンツ。お前はマーマリア伯爵を知っているか」
「勿論でございます。我が国の商業の発展に貢献されている方であります」
ジュライアーツの問いに、グレンツは答える。

マーマリア伯爵は、貴族と言うよりも広大な領地と多くの領民を抱え、布地や布織物など、大量の布製品を生産し、莫大な利益を上げる商売人といえる人物である。

ジュライアーツは横を向き、顔をクイと動かす。
大勢の臣下の中にいたらしい、マーマリア伯爵が前へと出てきた。

「グレンツよ、勅命である。そなたをマーマリア伯爵の養子とする」
「え?」
グレンツは、ジュライアーツの言った言葉の意味が分からず、思わず呆けたような声が出てしまった。
周りの臣下達からは、驚きのどよめきが起き、その騒音に我に返り慌てて腰を折る。

「グレンツ=ソラリアット、勅命をお受けいたします」
竜王陛下の勅命である。受ける以外の返事は存在しない。
機械のように返答をするが、何が起こっているのか皆目見当もつかない。平静な顔を繕ってはいるが、混乱の極みだ。

「うむ。マーマリア伯爵よ、今から、そなたとグレンツは親子になった。仲良くするように」
「ありがとうございます」
マーマリア伯爵は、すでにこのことを知っていたのだろう。粛々と頭を下げている。

「陛下、真でございますか? マーマリア伯爵とグレンツ宰相を養子縁組など、なぜでございますか」
臣下の中でも古株の公爵が声を上げる。
周りの者達も、大きく頷いている。

「マーマリア伯爵には子がおらん。伯爵家を継ぐ者が必要だろう」
「しかし、マーマリア伯爵とグレンツ宰相は、同じ年頃では?」
グレンツの歳は51歳。竜人としては、まだまだ若者の歳だが、竜気がほぼ無いグレンツは、中年の外見をしている。
マーマリア伯爵は、すでに200歳を超えているが、高位貴族の伯爵は竜気も強く、グレンツと同じ年頃、いや、少し若く見えるかもしれない。

「グレンツはこの度、結婚が決まった。相手は年若いと聞く。夫婦養子となれば、子に伯爵を継がせることができる。心配は必要ない」
王の勅命に異議を申し立てることは、反逆罪と取られてもしかたがない。
大御所の公爵だからこそ、口出しができたのだが、竜王に必要ないと断言され、それ以上の言葉を出すことはできない。
竜王と公爵のやり取りを聞きながら、グレンツは目玉が飛び出すかと思った。

(結婚っ! 誰がっ? 誰とっ? どうなってるんだーっ!!)
まるで、この話を最初から知っているかのような顔をして佇むグレンツだが、心の中は大嵐が吹き荒れていた。

全てを終えた竜王夫妻は、謁見の間から出て行く。
臣下達は頭を下げ、それを見送る。
その場に残ったグレンツは、途方に暮れたように、ただ立ち尽くしていた。

グレンツの元へ、今や父親となったマーマリア伯爵が近づいて来た。
マーマリア伯爵は、古い家柄の伯爵で、どちらかと言えば漸進主義の反マリエッタ色が強い人物だ。
マリエッタの姦計に嵌り、今は牢獄にいる貴族たちと近い人物といえる。

「あの……」
さすがのグレンツも何と言えばいいのか分からない。思わず戸惑ってしまう。

「東の四阿へいきなさい。そこに答えがありますよ」
マーマリア伯爵は、柔らかい微笑みを浮かべている。

まさか親しげな態度を取られるとは思っていなかったグレンツは、一瞬とまどうが、言葉の意味を理解すると、一礼して、四阿へと向かう。

そこには、竜王夫婦がいるであろう確信を持って。