39(1/3) ― マリエッタの姦計(かんけい)
東の四阿とは、マリエッタのお気に入りの庭園の中にある四阿の1つで、王宮の東側にあるのではなく、マリエッタが持つ、離宮の庭園の東側にある四阿である。
グレンツは、優雅に歩いている風を装いながら、出来る限りのスピードで、四阿へと辿り着いた。
「ヤッホー、グレンツ。こっちこっち」
四阿に備え付けられているベンチに座り、マリエッタが近づくグレンツに手を振っている。
先ほどの、よそよそしさは嘘のように親しげな、いつものマリエッタだ。
その横では、ジュライアーツがカクカクと喜びの舞を踊っている。
そう、ジュライアーツは、今だ喜びの舞を延々と踊っている。
26年もの間、やりたくてやりたくて、たまらなかった竜魂の儀が行えるとあって、踊りたいのは分かる。心情的には凄く分かる。それなのに竜王を見て、イラっとしてしまうのは何故だろう。
グレンツは平静な顔のまま、冷たい視線を竜王へと投げかける。
「マリエッタ様、色々とお聞きしたいことがございます」
「グレンツ、その顔、怖いわよ。まあまあ座って座って」
自分の座るベンチの隣をベシベシと叩いてマリエッタが促す。
グレンツは言いたいことをグッとこらえながら、マリエッタの隣へと腰かける。
竜王はカクカクとそこらを踊っている。もう相手にしなくていいだろう。
「先ずは心配かけました。ごめんなさい」
マリエッタが深々とグレンツへと頭を下げる。
「マリエッタ様っ。頭を下げるなど、おやめください」
慌ててグレンツが止める。
「私はね、グレンツに爵位を授けたかった。グレンツは本当に、このアーザイリイト竜王国に尽くしてくれているわ。社交界に管(ぐだ)をまいている、貴族というだけのタヌキ親父たちより、よっぼどね」
いきなり話し始めたマリエッタに、グレンツがこめかみを自分の指で押さえながら、呆れた声をだす。
「そのためにマーマリア伯爵との養子縁組ですか?」
「養子縁組が一番、手っ取り早いのよ。私があなたの功績に対して、爵位を授けたとしても、最初は一代限りの準男爵からになるわ。次に男爵位。国が、ひっくり返るような大きな事をしないと、順位を飛ばすことは難しい。それに次の位にいくには、何年も間を開ける必要がある」
マリエッタは嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「だからと言って……。私は爵位などいりませんよ」
「そうよね、グレンツは身分や権力なんかに興味はない。分かっているわよ。でもね、それとは別に貴族でないことで、凄く悔しい思いをしていることも知っているわ」
「マリエッタ様、私はっ」
慌ててマリエッタの言葉を遮ろうとするグレンツの唇を指で押さえて、マリエッタは続きを喋らせない。
「聞いて。私と事務方たち総出で不正を調べていた時、いつも貴族のタヌキ親父たちに、逃げられていたわよね。タヌキ親父達は、自分の爵位や権力の使い方を良く知っている。私達は歯噛みしながら、何もすることができなかった。それを事務方トップのあなたは自分のせいだと思ってしまった。自分が平民の出だからタヌキ親父たちを追い詰めることができない。自分が平民の出だから、権力に押されて、みすみす不正をしていると分かっているタヌキ親父たちを捕えることができない。そう、思ってしまった……。違うのに。あなたのせいなんかじゃないのに」
マリエッタの言葉は、グレンツの誰にも言ったことのない思いだった。
自分の部下たちが、心血を注いで不正の証拠を掴んできても、いつの間にかそれは無かったことになっている。
みすみす分かっている罪を、貴族という身分を持っているというだけで、自分は罰することができなかった。
それが情けなかった。
部下たちに申し訳なかった。
そんな時に、マリエッタが囮になると言い出した。
自分が囮になることによって、あの貴族たちの不正を明るみに出すのだと。
いくら紅薔薇隊が周りを囲んでいるとはいっても、あまりにも危険なことだ。
自分が情けないばかりに、マリエッタを危険に晒すことになったのだ。
「私が囮になると言った時、あなたが責は全て自分が受けるといったでしょう。可笑しいわよね、やっているのは私で、一番上にいるのも私なのに。グレンツに悔しい思いをさせたのは私なのよ」
「マリエッタ様、それは違います。マリエッタ様が責任を感じる必要はありません。そのためにマーマリア伯爵との養子縁組を考えられたのなら、必要のないことです」
グレンツはマリエッタの思いが苦しい。自分のために、そこまでさせてしまったのが情けない。
「あら、マーマリア伯爵は。美味しいわよ。古くから続く高位貴族だし。財産も莫大だわ。マーマリア伯爵の跡取りとなったら、そんじょそこらの貴族たちは、あなたに刃向うことは出来なくなるわよ」
「よくマーマリア伯爵が、この話を受けましたね」
グレンツは少し疲れたような声をだす。