39(2/3) ― マリエッタの姦計(かんけい)
「ウフフ、エリーよ。マーマリア伯爵の名乗ることは出来ない娘がエリーだと、グレンツも薄々は気づいているでしょう」
「殲滅の粛清の……」
「やっぱり知っているのね。流石グレンツ。マーマリア伯爵は娘を愛しているわ。自分の権力と財力を使って、娘がサニオの孫だと周りに気づかせないようにするぐらいにはね。その娘が死罪になる程の罪を犯した。娘の命を助けたい親心よ」
グレンツは頭を傾げる。
「娘の命がかかっているとはいえ、それでも、あの格式のあるマーマリア伯爵が、平民の私を養子にするとは思えないのですが? 現に、エリーが生まれる前に妻ともども1度は捨てているではないですか」
「そうね、マーマリア伯爵家は古い歴史のある伯爵家だわ。だからこそ、この話に乗ったのよ」
「?」
グレンツの不思議そうな顔に、マリエッタは人の悪そうな笑みを浮かべる。
「マーマリア伯爵は、エリー母娘と別れた後、2度結婚しているわ。1人目は、すぐに病気で亡くなったらしいけど、二人目は執事と駆け落ちしているの。どちらとも子どもは出来なかった。このままいくと、歴史あるマーマリア伯爵家は、傍系のろくろく知りもしないような親戚のものになる。マーマリア伯爵が、どんなに頑張って伯爵家を繁栄させても、マーマリアの血は途絶えるのよ。でもね、マーマリア伯爵には、自分の血を分けた娘、エリーがいる。自分の血が流れる直系の娘がね。マーマリア伯爵としても、どうにかしたかったでしょうね。この話を持ち込んだ時、二つ返事でOKしたわ」
段々、グレンツの顔が嫌そうな表情を作ってくる。
「私の結婚が決まったというのは……」
「そうよ、相手はエリーよ。若い子、好きでしょう」
「人を幼女趣味みたいに言わないでください」
グレンツはウンザリと反論する。
グレンツの外見は竜気が少ないために老けている。
同じ外見の女性と付き合おうとすると、100歳も200歳も年上になってしまう。
だからといって、同じ年齢の女性だと、マリエッタが言うように、幼女趣味と取られてしまうのだ。
「しかし、私がマーマリア伯爵家を乗っ取ってしまうとは思わなかったのですか?」
「勿論、こちらの言い分と、あちらの言い分。細かい取り決めをしているわ。グレンツには、後で写しをあげるわね」
何故、取り決めをするのに本人を蚊帳の外にしているのか、またもグレンツは、こめかみに手を当てる。
「あなたはエリーを正式な妻として結婚するけど、べつに愛人を囲ってもいい。本当に好きな人ができたら、その人と暮らしてもいいの。ただ、伯爵家はエリーの子ども。正式な夫婦の子どもしか受け継ぐことができない契約になっているのよ。そう、エリーの血を引いた子以外、伯爵家は継げない。そういう決まりよ。マーマリア伯爵は、自分の直系の孫に伯爵家を継がせたいから、この話に乗ったのよ。まあ、エリーのことを養子息子の妻とはいえ、堂々と娘と名のれるのも嬉しいんでしょうけど。あなたが次期伯爵から、伯爵になれるのは、マーマリア伯爵が死んだ時か、エリーが後継ぎを産んだ時。この二つよ。まあ、正式な跡取りは、エリーが生んだ子どもになるんだけど」
マリエッタは得意げだ。
マリエッタが自分のことを思ってやってくれていることは痛い程分かる。
しかし、グレンツは、この話に乗る気にはなれない。
「マリエッタ様。お話は嬉しいのですがエリーの罪は消えません。殲滅の粛清の関係者に恩赦を与えてはいけません」
「あら、違うのよ」
「違う?」
「そう。もしエリーが自分のことを“殲滅の粛清”の被害者だといって、私を襲ったというのなら、私はエリーを処刑するわ。そこに躊躇いは無いの。アーツが殲滅の粛清を行ったのは私の為。そして王家の存続の為。王族が軽んじられれば、それは、王族の存在を根本から揺るがすことになる。罰を与えるのは当たり前のことよ。私もそれに倣うわ。夫を背中から撃つような真似はしないわよ」
マリエッタの言葉は柔らかいが、そこには強い意志が窺えた。
「ならば、なぜ?」
「今回の監禁事件と殲滅の粛清は、全然関係ないの。
エリーはね、自分でさえ認めないでしょうけど好きなのよ」
「好き?」
「そう、グレンツ。あなたをね」
「はぁ?何を言っているのですか」
マリエッタの突然の言葉に、グレンツは首を傾げることしかできない。