40(2/2) ― 竜魂の儀
そう、同じ気持ちなのだが……。
マリエッタには、竜魂の儀を躊躇う気持ちが実はあるのだ。
踊っている夫には言えないが。
そっと自分の竜魂を触る。
人間には在り得ないものだ。
竜魂が出来たことは嬉しいと思う。出来たからこそ、竜魂の儀を行うことができる。
だが……。
なぜ額?
よりによって、なぜ額?
竜人たちの竜魂は、胸にある。
何人もの竜魂を見たわけではないけれど、全員が胸の中央にあった。
そう、服で隠れる所に。
こんなに堂々と顔の真ん中に、なぜ出来た?
目立つ。
ものすごく目立つ。
その上、竜魂の儀を行って、3つしかない鱗の真ん中を取ったら、アンバランスなんてもんじゃないわ。すっごく間抜けじゃない?
だから、何で額なのよ。
苦悩するマリエッタだった。
そして、最大の躊躇いは……。
ジュライアーツは、マリエッタのため、紅薔薇隊のアンドレーン隊長と、オスカルーン副隊長に自分の鱗を持たせている。
マリエッタに危険が迫った時、知らせることができるように。
マリエッタは聞いたことがある。
鱗は取ると、爪のように、また生えてくると。
取っても、差し障りは無いと。
……ただ、生爪を剥がすほどの激痛が走ると。
普通の鱗でさえ激痛なのだ。
じゃあ竜魂は、どうなの。
2度と生えることの無い、竜魂ならば、どれ程の痛みに襲われるの?
ブルリ。
マリエッタは震える。
痛いのイヤ。絶対イヤ。
だって、他の竜人たちは胸なのだ。
痛かろうが胸だから、なんとかなるかもしれない。
しかし、自分は額。
それも額のまん真ん中。どうにか出来る訳は無い。
竜魂の儀が近づくにつれ、恐怖がマリエッタを包んでいったのだ。
竜魂の儀は、自分の手で自分の竜魂を引き千切る。
そして、互いの口に竜魂を入れあうのだ。
(ちっくしょー、私も女だ。やってやろうじゃないのっ)
勇ましく思うマリエッタだが、手が自分の竜魂へは伸びていかない。
どうしても躊躇ってしまうのだ。
グイッ。
マリエッタの手が勝手に竜魂へと伸びる。
夫であるジュライアーツがマリエッタの手を取り、マリエッタの意思には関係なく動かしているのだ。
そのまま“ベリィッ”
マリエッタの親指と人差し指をピンセットのように使い、マリエッタの竜魂を躊躇うことなく、ひっぺがした。
「ぎぃやぁぁ~ああーっ」
痛い。痛い。いたいーーーーっっ。
痛いなんてもんじゃない。痛みにうずくまるマリエッタを、夫が持ち上げて立たせる。
「ウフフフ、マリちゃん、アーンして」
夫は満面の笑みだ。
「ちょっと、アーツっ、むぐうっ」
文句を言おうとしたマリエッタの口の中に、マリエッタの何倍もの大きさの竜魂が押し込まれる。
「ぐぐぐぐ」
こんな大きな鱗を飲み込めるはずないじゃないっ。
そう思ったマリエッタだったが、口の中、夫の竜魂はトロリととろけた。
そして、マリエッタの喉へと流れ落ちていく。
ああっ。
全身を強い竜気(ちから)が駆け巡る。
恍惚とした思いで満たされる。
これはジュライアーツの竜気だ。愛する夫の竜気だ。
知っている。
憶えている。
身体を廻る、この竜気は、なんて愛おしい。
自分の奥底にある魂とジュライアーツの竜気が混じりあうのが解る。
歓喜がマリエッタの心と身体を満たす。
これで、これで……。
「これで一緒に逝けるわね」
ポツリと言葉が漏れる。
夫は、ただただ涙を流しながら頷いた。
ん?
目の前にいる夫に違和感が。
マリエッタは夫を見る。
見る。視る。
「アーッツーーーッ」
ガシィッ。
夫の両肩に手を掛け、マジマジと全身を見る。
「アーツ、あなた……」
マリエッタには、続く言葉が出てこない。
マリエッタの夫は変わっていた。
竜気の、とても少ないマリエッタと魂を結んだせいだろうか。
今迄、少女めいた美貌の持ち主だった夫は、5~6歳成長したような、青年へと変化していた。
今迄、拳一つ分マリエッタより高かった身長も、随分と高くなっている。
体型も少しガッシリとし、もう華奢なイメージは無い。
顔立ちも少女らしさは鳴りを潜め、男性特有の精悍さが出ている。
「わ、私は? アーツッ、私は変わったっ?」
このチャペルに鏡は無い。
変貌を遂げた夫に縋り付くようにして問いただす。
「ウフフフ、マリちゃんは、いつもキレイー」
こいつは駄目だ。
すぐにマリエッタは、夫を連れて、初夜のために用意された寝室へと向かうのだった。