●貧乏男爵令嬢は前世持ち ~なんだか王太子殿下に執着されてるみたいなんですけど、なんとか逃げ切ります~●

11 ― 王太子殿下の愚痴(1/2)

終わらない。仕事が終わらない。
エルリーナと出会った王宮のパーティーからこちら、仕事が減るどころか、ますます多くなっていく。

「仕事が多いって、当たり前だろうが! 前さ、自分でしたこと分かってる? パーティー会場で公爵令嬢とダンスを踊る段取りだったよね。それを丸っとスルーしてエルリーナ嬢を追いかけやがって。ダンスするはずだった公爵令嬢をほったらかしにして、それも筆頭公爵家の娘だぜ。見合いの席で相手が違う令嬢を追いかけて行っていなくなるってどうよ。公爵をなだめるのにどれだけ手間がかかったと思っているんだよ!」
仕事が終わらずにイライラしているライオネルに、仕出かしの後始末をさせられたガイアスが不満を爆発させる。

「分かっている……」
「いや、分かってないね。ぜんっぜん分かってない! 公爵の件も、まだまだごたついているっていうのに、今度は後宮をなくすとか言い出しやがって。一体何を考えているんだよ。側妃も愛妾達も、そりゃ~ごねにごねまくってるぜ。それも理由が『5年子どもを産むことがなかった者は能力が無いものとして後宮から出ていけ』とかさ、あんまりじゃないか。後宮を放置していたお前が言えることじゃないだろう。お前の渡りがなけれゃ、出来るものも出来ないわ。いきなり出ていけって、お前ってば鬼なの? 酷すぎる」
ガイアスの物言いにライオネルはソッポを向く。

ライオネルに正妃はいないが後宮に側妃2人と愛妾が3人いる。子どもはまだいない。それは仕方のないことだといえる。ガイアスが指摘したように、ライオネルは後宮に行かないのだから。

その後宮をいきなり無くすとライオネルは言い出したのだ。
なぜならエルリーナが後宮のことを気にしていたから。
自分にはエルリーナしかいないが、後宮があることでエルリーナが嫌な思いをするのなら無くすしかない。
正妃の座を巡り、し烈な争いを繰り返していた側妃や愛妾達は、ライオネルからの通達に、自分達の実家を巻き込んで大騒動しているが、彼女達の言葉は何一つライオネルに届くことは無い。エルリーナが嫌というなら排除するまでだからだ。

「私の了承も無しに、いつの間にか勝手に後宮にいた者達だ。後宮をなくすから出ていけと言ってもいいだろう」
「いいだろうじゃねぇよ。冷たいヤツだなぁ。勝手だと言うけどさ、さんざ議会で話し合って迎えた妃達でしょうが」
「議会など、私の意見は一切取り入れられていないからな」
「いや、王太子殿下に跡取りが1人もいないのが問題なんだよ。そこは議会が強行しても仕方がないだろう。国王陛下だって反対されてない」
「ふん」
嫌そうに鼻をならすとライオネルは、また書類に向かう。

毎日深夜遅くまで仕事に追われ、エルリーナに会う時間が捻出できない。
エルリーナは今“王太子妃の間”にいる。自分の私室と隣どうしであり、寝室の扉はつながっている。
毎日私室に戻ると、エルリーナに会いに王太子妃の間へと通っているが、すでにエルリーナは眠ってしまっている。
ぐっすり眠っているエルリーナの頬を撫でるのが毎日のライオネルの日課となっている。

「で、お前はエルリーナちゃんをどうする気? わざわざ後宮を整理しているということは、整理が終わったら後宮に移すのか?」
「いや、エルリーナはこのまま妃の間に置いておく」
「おい、妃の間は正妃が入る場所だぞ、分かって言っているのか?」
「勿論。エルリーナを王太子妃にする」
「いやいや無理だろう。エルリーナちゃんは男爵令嬢だろう? 爵位が低すぎる。それに議会が黙っていないぞ。特に筆頭公爵家が何というか」
「爵位が低いなら、どこかの家に養女にいけばいいことだ。それに周りが何と言おうと関係ない。エルリーナを妃にする。エルリーナ以外、妃に迎えるつもりはない」
「はぁ、お前が女性関係で自分の意思を押し通すとはねぇ。いや~、人生なにが起こるか分からないもんだなぁ。で、何がそんなにエルリーナちゃんを気に入ったんだよ。いままでの妃達の方が、みんな美人でグラマーじゃないか」
「そんなんじゃない」
ガイアスの言葉に、ライオネルはプイと横を向く。

エルリーナを王宮に呼んだ日、寝室で眠るエルリーナを抱くつもりはなかった。
ただ、エルリーナを手元に置いておきたい、逃げ出さないように囲い込んでおきたいと思っただけだった。
それなのに眠っていたエルリーナが自分を見つめて呼んだのだ。
“タロ”と。

自分に抱きつきタロと呼ぶエルリーナは、そのまま眠ってしまったが、自分の感情が爆発した。
押さえることなんて出来なくなった。
自分はタロだったのだと理解したから。
なぜ忘れていたのだろう。
タロが何かは分からない。でも自分はタロなのだ。
それをエルリーナが教えてくれた。

タロはエルリーナのものであり、エルリーナはタロのものだ。
エルリーナをどうしようもないほど求めてしまうのも当たり前のことで、エルリーナが愛しくてたまらないのも当然のことだ。
もしエルリーナが自分の元から去っていくなど、考えただけでもどうにかなってしまいそうだ。
エルリーナを一目見た時の感情が、今では“愛している”だということは分かっているし、その思いが段々と大きくなり、自分の中で抑え切れない程に強くなってきている。

「だいたいお前はさ『大変ですっ!!』」
執務室への突然の乱入者がガイアスの言葉を遮る。
侍女長が、執務室へと掛け込んで来たのだった。