11 ― 王太子殿下の愚痴(2/2)
「いったいどうしたんだ?」
いつもは冷静沈着で礼義を重んじる彼女が、よほど慌てているのか息を切らし、髪を乱している。
「エルリーナ様がいなくなってしまいました!!」
「どういうことだっ!!」
侍女長の言葉が始めは理解できなかったライオネルだったが、理解すると侍女長の胸倉を掴み揺さぶる。
普段とはあまりにも違うライオネルの行動と形相に、侍女長は言葉も発せなくなり固まってしまっている。
「おいっ、ライオネル落ち着け! それじゃあ侍女長が喋れない、手を離せ」
「エルリーナが居なくなったとはどういうことだ! 詳しく話せっ」
ガイアスからの制止の言葉が耳に入らないのかライオネルは、侍女長の胸倉をいっそう強く掴む。
「落ち着けっ! 侍女長から離れろっ」
慌てたガイアスは、羽交い絞めする勢いでライオネルを侍女長から引き離す。
「ごほっごほっ、は、はい。先ほど侍女のミニアがエルリーナ様のお部屋に昼食をお持ちしたのですが、準備のために先にお部屋へと入っていた侍女のアネッサが拘束され、エルリーナ様のお姿が見当たらなくなっておりました」
やっと喋れるようになった侍女長は、何とか言葉を発する。
「侍女が拘束されていた? 賊が侵入したのか! 外部からの侵入を許してしまうなど、騎士達は何をしていたんだっ!」
ガイアスが激昂する。
「違いますっ! 騎士様達はお部屋の前でちゃんと警備をしておられました。外部の者が部屋へ入るどころか、接触した者すらおりませんでした。拘束されていたアネッサの話では、エルリーナ様は自ら部屋を出て行かれたのだと」
「自分から……。どういうことだ?」
侍女長が何を言っているのかライオネルは理解できない。
「待て待て、どうしてアネッサはエルリーナちゃんが出て行こうとしたのを止めなかったんだ?」
ガイアスが疑問を口にする。
エルリーナが部屋から出るのをライオネルは禁止している。
護衛騎士は勿論だが、エルリーナの世話をする侍女達にもエルリーナを部屋から出さないようにと徹底していたはずだ。
「はい。それが……。エルリーナ様がアネッサを拘束したため、お止めすることができなかったのだと」
「はあ、拘束? エルリーナちゃんが侍女を拘束したというのか」
侍女長の言葉は訳が分からない。ガイアスは聞き返す。
「アネッサの話では、エルリーナ様がアネッサを無理やりシーツで作った紐で縛り上げ、侍女の服を脱がし、その服を着て部屋をご自身の意思で出ていかれたそうです」
「エルリーナが自分の意思で……」
「おい、なぜ騎士達はエルリーナちゃんを止めなかったんだ。なぜそのまま行かせた」
「それが……。騎士達はエルリーナ様のお顔を知らず、部屋から出てきたのは侍女だと思ってただ見送ってしまったようです」
「なんだよそれぇ。この国の騎士はいつからこんな体たらくになってんだよ」
騎士達のやらかしにガイアスはため息を吐くしかない。
「許さない……」
「ん? ライオネル、何か言ったか?」
ライオネルが何かを呟いていたが、ガイアスには聞こえなかった。
「許さないっ!! 私の元から居なくなるなどっ、許さないっ。捜せっ! エルリーナを何としてでも捜し出せっ!! 何をしているっ! 早くエルリーナを捜し出すのだっ。いいか、エルリーナを見つけ出すまで、城に戻れると思うなっ! エルリーナを城から出した奴らは全員牢屋にぶち込めっ!」
「うわっ。どうしたんだ。ラ、ライオネル落ち着け。まず、落ち着け。侍女長っ、手の空いている者、いや、エルリーナちゃんの顔を知っている者全員で捜索をさせろっ! 早く行けっ!!」
「は、はいっ」
ガイアスの指示に、侍女長は転がるように執務室を飛び出した。
「ライオネル、落ち着くんだ」
挙動不審になり、何をしだすか分からないライオネルをガイアスは全身を持って拘束する。
「エルリーナ。何故だ、何故なんだ。待っていてと言ってくれたじゃないか。すぐ帰ると言ってくれたのに……。何故だ、なぜなんだーーーーっ!!」
ライオネルの叫びが執務室に響き渡った。