12 ― 逃げたエルリーナ
うふふふ……。
現在雲隠れ中のエルリーナです。
この最強の普通顔のおかげで、逃げ隠れすることなく堂々と市民生活を送っております。
いや~、故郷(男爵領)に帰ろうとは一切思いませんでしたね。
エルシュワ子爵様の御屋敷においてきた侍女のララには悪いことをしたとは思いますが、王家を敵に回した私に関わらない方がいいという、私なりの配慮ですよ。
お父様やお母様にもご迷惑をおかけするでしょうけど、不肖の娘のことは切り捨てていただくしかありません。
だって帰ったところで傷者の私には年寄り貴族の後妻の話ぐらいしか道は残されていませんし、王家から何を言われるかも分かったものではありませんしね。
王宮を後にした私は、王都におります。
移動手段もお金もなかったので、王都から出ていくことも叶わず、そのまま住みついてしまったのが真相ですけど。
王宮を出て、すぐに私がやったこと、それは髪を売ることでした。
着ている侍女服以外に何も持っていない私は、その日の宿代どころか食事代すらなかったんです。
で、長~く伸ばしていた髪をばっさり切って、数日分のお金を手にしたのでした。
髪がお金になることは田舎者の私も知っていました。
一応貴族の令嬢ですから、髪の手入れは怠ってはいませんでしたので、そこそこの金額にはなりましたよ。
侍女服も売っぱらって、古着の木綿ドレスを購入しました。
貴族の令嬢とはいえ、貴族に毛が生えたぐらいでしかない貧乏男爵家の娘ですし、前世の記憶もあるので、庶民の生活はバッチコイです。というか庶民の生活の方が、のびのび出来ます。
まあ、のびのびはできるのですが、生活するためにはお金が必要で、そのためには働かなければなりません。
私のような身元もはっきりしていない小娘が、就職できるのかと心配していたのですが、あったのです就職口。
ドレス工房“カリエストロの白尾”ここで刺繍をする御針子に雇われることができたのです。
超ラッキーです。
いや~故郷では、貴族の令嬢として嗜みなんかも習っておりましたが、こんな田舎の貴族の娘に一体なんの役に立つのかと思っておりました。
ですが貴族令嬢の嗜み、侮れませんでした。
なぜなら平民の人達は、刺繍が出来る人はほとんどいないのです。
嫌々やわされていた令嬢の嗜みの一つである刺繍が、手に職として役立つ時がきたのです。
工房に張り出されていたお針子募集の張り紙を見て、お店の方に話をしたら、刺繍が出来ると言うだけで即採用でした。
その上、住み込み可と言っていただけました。
仕事ゲットっ!
家ゲットっ!
家賃光熱費込み、食事付き(2食)。
なんてすばらしい私の運命。
王太子様からの所業を思うと運がいいとはいいがたいですが、これからは幸せになれる予感です。
こうして私は、王都で悠々自適な生活を送っているのでした。
※ シエルシャ国には、カリエストロという名の可愛らしい鳥がいて、その尾が白くて特徴的なので工房の名前になっています。