●貧乏男爵令嬢は前世持ち ~なんだか王太子殿下に執着されてるみたいなんですけど、なんとか逃げ切ります~●

13 ― おじさんの愚痴

騎士団長であるジオル=サルオナは苦悩の真っ只中にいた。
見つからない……。
どんなに探しても見つからない。
エルリーナ嬢が見つからないのだ。

一番にエルリーナ嬢が身を寄せていたというエルシュワ子爵家。次に生家へと早馬を走らせたが、どちらとも驚くだけでエルリーナ嬢の所在は知らなかった。
王都に居るのか王都から脱出しているのか、それすらも分からない。
騎士達はもとより、侍女、侍従、王宮関係者と、出来る限りの人員を割いてエルリーナ嬢を捜しているが、手がかりすら掴めない。
失踪初日に古着屋で侍女服を売った女性がいる所までは確認できたが、それ以降の足取りはさっぱり掴めていない。

だいたいにおいて、ほとんどの者がエルリーナ嬢の顔を知らないのだ。
茶色い髪に茶色い瞳。中肉中背と特徴がまるでない。街で同じ外見の女性を調べようとすると、あまりの該当者の多さに身動きが取れなくなってしまう。
捜してはいるが、闇雲状態なのだ。

「何をしているっ! エルリーナを早く探し出せっ」
毎日毎日王太子殿下からの叱責に、胃が痛くなっている。

今まで感じていた王太子殿下のイメージが、ここ数日でガラガラと崩れ落ちてしまった。
自分の知っている王太子殿下は、冷静沈着で、どんな時にも“乱れる”ということが無かった。
数年前、我がシエルシャ国が遠方ではあるが大国のカイアール帝国からチョッカイをかけられた時も、混乱する議会の中、王太子殿下だけは冷静に事態を収束させるために動いておられた。

それなのに今の王太子殿下はどうだ。見たこともないほど取り乱し、声を荒げ、誰彼かまわず攻め立ててくる。
部屋の前で警備していた騎士達の不手際によりエルリーナ嬢がいなくなったということで、騎士団はエルリーナ嬢捜索の責任を負わされている。
必然的に騎士団長のジオルは、エルリーナ嬢捜索の最高責任者となってしまっている。
胃が痛い。

「申し訳ありません。出来る限りの者達でエルリーナ様の捜索に当たっておりますが、まだ発見には至っておりません」
「言い訳をするなっ! 何日かかっていると思っているのだっ、早くエルリーナを探し出せっ!!」
「はっ!」
一日何度も繰り返されるこの遣り取りに、ジオルの胃はまたシクシクと痛みだす。

エルリーナ嬢が居なくなった時に警備をしていた騎士達は謹慎させられている。
怒り狂った王太子殿下より、牢屋に入れられそうになったのを、なんとか止めてもらった。
二度と王宮へは上がれないだろう。
地方の警備に回されるか騎士の職自体を取り上げられるか。
王宮に仕える騎士達は、能力は勿論だが、家柄も良く見目形も重視される。いわばエリートだ。
自分の警備している部屋への入室と退出を侍女とはいえ確認していなかった騎士達の落ち度は計り知れないが、未来ある若者2人の将来を思うと、ジオルの胃はまた痛くなってきた。

「街に出るか……」
少しでもエルリーナ嬢の足取りを捜そうとジオル自身も都度つど街へと出向いている。
もっとも王宮にいると王太子殿下にどなられるのが辛いから、というのが本音ではあるが。

「ご苦労さん。大変だが頑張ってくれ」
「ガイアス様……。いえ、騎士団の起こしたことですので」
痛む胃を押さえたまま歩くジオルを見かけたガイアスが、同情の瞳を向けてくる。

「一体ライオネルはどうしてしまったのかなぁ。いくら惚れた女のこととはいえ、度が過ぎている。取り乱し過ぎだ。俺はライオネルとは幼馴染だが、あんなに取り乱す姿を今まで見たことは無かった。エルリーナ嬢は奴にとって、いったい何なんだろうなぁ」
「はぁ……」
ガイアスの独り言のような言葉に、ジオルは何と返していいのか分からなかった。
そのことを一番知りたがっているのはジオルかもしれない。

胃が痛い。
早くエルリーナ嬢が見つかることだけを祈っているジオルだった。