14 ― お針子エルリーナ
夢を見ます。
前世の夢です。
今まで前世の夢を見る時は、幸せなひと時を見ることが多かったのですが、この頃の夢は違います。
皆が私を心配そうに見ているのです。
お父さんが、
お母さんが、
お姉ちゃんが、
心配そうに私を除き込みます。
私は大丈夫と言いたいのですが、声が出ません。
色々なチューブが身体からのびていて、腕一つ動かせません。
心配しないで、私はまだ頑張るから。
そう言いたいのに、唇を動かすことすらできません。
お父さんが顔を背けます。
お母さんが涙を零しながら私の腕にそっと触れます。
お姉ちゃんが声を上げて泣いています。
大丈夫、頑張れるから。
だってタロが待っていてくれるのだもの。
私は帰るの。タロの元に帰らなければならないの。
『待っててね』って私はタロに言ったわ。
『すぐ帰ってくる』ってタロに言ったんだもの。
だから私はタロの元に戻らなきゃならないの。
ボロボロと泣きながら目が覚めました。
『工房カリエストロの白尾』の女子寮に住ませてもらうようになってから、前世の夢をよく見るようになりました。
機械のいっぱい置いてある白い部屋の中、私の体中にはチューブのようなものが何本も付けられ、身動きも出来ずに横たわっています。
すごく苦しくて、息をするのも苦しくて。
自分の身体が少しずつ死んでいっているような気がして。
怖くて怖くて、でも叫ぶことも動くことも出来なくて。
ただただタロに会いたくて。
タロに会いたくて……。
パンッ!
沈み込む気持ちを振り払うように、自分の両手で頬を叩くと、気合いを入れます。
夢に引きずられてばかりはいられません。
今日も一日チマチマと刺繍をしなければならないのですから。
ベッドから起き上がると顔を洗うため、部屋の外の井戸へと向かいます。
このカリオストロの……。違う違う、工房カリエストロの白尾が用意してくれている社員寮は、3畳ほどの広さですが一人部屋です。部屋の中にはベッドと小さな机と椅子。それと作り付けのクローゼット。これだけでギュウギュウの狭さですが、だいたいは6人とか8人の大部屋が主流なのです。私は他のお針子さんと違って高待遇といえます。
なんせ刺繍が出来ますから。
まあ、高待遇ではありますが新人は新人。顔を洗ってさっさと着替えると、店の前から掃き掃除を始めて、次に寮の前へと移ります。それが終わるとやっと朝食で、朝食の後はまたもや、開店まで店内の掃除をします。新人は仕事(刺繍)以外でも色々とやることが多いのです。
冷たい水で顔を洗い終えると、掃除を始めます。
他の新人さん達が、すでに窓拭きをされているので、挨拶を交わしながら箒を手にとります。
その時です。
『みこちゃん』
誰かが私を呼びました。
小さな声だったから、どんな声かは分かりません。でも、誰かが呼んだのです。
私の名前。
前世の名前をです。
忘れることのできない、皆が呼んでくれていた私の名前。
『みこちゃん』
今度はもう少し大きな声が聞こえました。
「お姉ちゃんっ!!」
聞き間違いではありません。
何度も夢に見た、お姉ちゃんの声です。
箒が手から落ちます。涙が次々に流れ出します。
泣きながらキョロキョロと辺りを見回す私を、周りにいた人達が、驚いた顔をして見ていますが、そんなことを気にしてなんかいられません。
「お姉ちゃんどこっ!」
捜します。声が聞こえた方に大声を上げながら。
「みこちゃん駄目だよ」
また聞こえました。
今度はお父さんの声ですっ!
「そうよ、みこちゃんったら、置き去りにしたままでしょう」
お母さんの声も聞こえてきましたっ!
「みこちゃん、タロが捜しているわよ。せっかくタロがあなたを見つけてくれたのに、逃げたりなんかして、駄目じゃない」
また、お姉ちゃんの声です。
居ました。
少し高い所。空中に浮かぶようにして皆がいました。
お姉ちゃんが、お父さんが、お母さんが居たんです。
こちらを見ています。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん……」
涙が止まりません。
会いたかった。会いたかった。会いたかった。
両手をみんなの方へと伸ばします。
「タロはね、みこちゃんを追って行ったんだよ。全ての理(ことわり)を捻じ曲げて、時間も空間も全てを飛び越えて、ただただみこちゃんだけを捜して追って行ったんだよ。偉いよね、褒めてあげてよ」
お姉ちゃんが呆れたように笑っています。
お父さんもお母さんも優しい顔で微笑んでいます。
私の両手は3人の所に届かないけど、皆が笑ってくれているから私も笑います。泣き笑いになってしまっていますが、笑います。
嬉しくて。皆に会えたことが嬉しくて。絶対に会えないと思っていた皆に会うことができて、ただただ嬉しくて。
それなのに、3人がどんどん薄くなっていきます。
「まってっ、待ってっ。行かないでっ!!」
3人の姿が見えなくなっていきます。
「タロと仲良くするんだぞ」
「タロをよろしくね」
「タロと幸せになってね」
とうとう見えなくなってしまいました。
涙が流れます。
前が見えません。手が震え、もう立っていられません。その場にしゃがみ込み、ただただ泣くことしかできません。
「みこちゃんっ」
また誰かが私を呼びます。
お姉ちゃん? 戻って来てくれたの。
でも違いました。男性の声です。
今生では誰にも言ったことがない名前を、誰かが呼んでいるのです。
「みこちゃんっ、捜したっ、捜したんだっ。やっと見つけた。見つけることが出来たんだっ、もう離さない!!」
いきなり抱きつかれました。
ぎゅうぎゅうと力一杯抱きつかれ、身動きがとれません。
少しだけ動かすことのできる顔を上げ、抱きしめる人を見上げます。
「王太子殿下……」
「待っていてって言ったじゃないかっ。すぐに帰ってくるって言ったじゃないかっ。待っていたのに。ずっとずっと待っていたのにっ!!」
息を切らし、汗だらけになりながら私を抱きしめる人……。
乱れた金の髪に手を伸ばしたいのに抱きしめられていて手が動かせません。
「タロ」
自然にその名が口から出ます。
王太子殿下は驚いたように目を見開くと、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべ、頷いてくれました。