15 ― 王太子殿下走る (1/2)
眠れない。
エルリーナがいなくなり、どうしようもない焦燥感と苛立ちに眠ることが出来ない。
エルリーナは自分の意思で居なくなったと周りの者はいっているが、もし困っていたら? 怪我をしていたら? 病気になっていたら?
居てもたってもいられず、執務室の中を歩き回る。
かなりの人数でエルリーナを捜しているが、いまだ手がかりすら見つけられていない。
捜査に関わっている人間を見ると怒鳴り散らしたくなり、自分を抑えることが出来ない。
「おい、ライオネル、少しは休憩しろ。お前が部屋の中をウロウロしても、エルリーナちゃんが見つかるわけじゃない」
執務室に入ってきたガイアスが、自分を心配して声を掛けてくる。
心配してくれているのは分かっているのに、思わず怒鳴りつけようとして、何とか堪える。
「お前、目の下の隈すごいぞ。寝てないみたいだな」
「エルリーナがいなくなったのに寝てられるか」
「お前が寝ようと寝まいと、皆はエルリーナちゃんを捜している」
「だが見つかっていないっ!」
「興奮するな。もう夜も遅いから、お前は寝ろ。こんな夜中でも騎士達は捜索してくれている」
「エルリーナを部屋から出してしまった騎士がいまさらだ。それに夜中に捜査しているといっても、現にエルリーナは見つかってないじゃないか」
「ライオネル、お前分かっているのか? 人格が変わっているぞ。ジオルも心配をしていた。まあ、あいつは騎士達の不手際のせいで、胃を悪くしているみたいだけどな。いいから寝ろ。身体が限界なんだよ。そんな状態じゃ碌な考えしか浮かばないし、気も荒くなる。ほらほら寝室に行くぞ」
ガイアスから腕を取られると、有無を言わさずに寝室へと連れていかれた。
― ― ―
ク~ン、ク~ン……。
この家に初めて来た時、知らない匂いばかりで心細くて、小さな声で鳴いていた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
誰かが頭を撫でてくれる。優しい手、優しい匂いがする。
少し安心してその手を舐める。
「うふふふ、くすぐったい。お前は“タロ”タロだよっ。私が付けたんだよ」
「もうちょっと捻りがあった方が良かったんじゃない? 例えば“ゴンザレス”とか、“暗黒龍王獅子丸”とか」
「そんな名前めっちゃ嫌。お姉ちゃんはネーミングセンスがまるで無いんだよ。タロでいいのっ」
「短い方が呼びやすくていいわよ。タロ、可愛いじゃない。タロよろしくね」
「お母さんもそう思うよね」
「タロ、この家では男はお父さん1人だったから肩身が狭かったんだ。今日からはタロも家族だから、男同盟を結ぶぞ」
「なにその男同盟って、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「うける~」
皆の笑い声が聞こえてくる。
寂しくて、心細かったのに、なんだか落ち着いてきた。
皆に頭を撫でられる。かわるがわる抱っこされる。
嬉しい、嬉しい。
尻尾がいつのまにかぶんぶん大きく振れていた。心細いのがいつのまにか無くなっていた。
“みこちゃん”名前を付けてくれた、僕のご主人さま。
大好き。一番好き。
ご飯をくれる、遊んでくれる、散歩にも連れて行ってくれる。
みこちゃんが帰ってくるのをいつも待っている。
みこちゃんが帰ってきて“ランドセル”を置けば散歩に行ける。そう約束したんだ。だからいい子で待てるんだ。
散歩は好き、すごく嬉しい。でも一番好きなのは、撫でてもらうこと。
頭を撫でてもらうと、いつの間にか尻尾がぶんぶん振れているし、お腹を撫でてもらうと、デローンと全身の力が抜けちゃう。
もう少ししたら、自分も言葉が喋れるようになるから、その時は『もっと撫でてって』て、お願いするんだ。
「タロ、どう? セーラー服姿の私、イケてると思わない?」
みこちゃんが、いつもとは違う匂いのする服を着て、クルクル回っている。
セーラー服って何だろう?
でも、みこちゃんが楽しそうだから、自分も楽しい。
一緒にぴょんぴょん跳ねてワンワン吠える。
もう少ししたら、自分も2本足で立てるようになるから、その時は一緒にクルクル回るんだ。
「タロ、どうよ、この美少女ぶり。女子高生とか今が”旬“って感じだよね」
みこちゃんが鏡の前から離れない。早く散歩に行きたいのに。
みこちゃんは、この頃“部活”だから帰ってくるのが遅い。
部活ってなんだろう。すごく寂しいから部活は嫌い。部活が無くなればいいのに。
もう少ししたら、自分もみこちゃんと一緒に学校へ行けるようになれるはずだから、その時は散歩と一緒に学校に行こう。
楽しみだ。