●貧乏男爵令嬢は前世持ち ~なんだか王太子殿下に執着されてるみたいなんですけど、なんとか逃げ切ります~●

2- 王宮のパーティーです

王宮前に馬車を止めて乗り降りしてもいいのは、限られた上位貴族の方達だけで、王宮前の混雑を避けるため、貴族の階級が下がる程、お城から遠くに馬車を止めなければなりません。
私がお世話になっているエルシュワ様は子爵様なので、それ程遠くに馬車を止めなくてもよく、馬車から王宮までに歩き疲れるということはありません。なれないハイヒールを履いているので、ありがたいです。
エルシュワ様にエスコートされながら、王宮へと入って行きました。
最初で最後の王宮のパーティーです。老後の思い出として、よ~っく見て記憶に残しておこうと思います。
怒られない程度にキョロキョロとしながらパーティー会場である大広間へと入ります。エルシュワ様は色々な方との御挨拶がおありのようなので、すぐに壁の花になります。そこの所は、ちゃんとわきまえております。
今後来ることのない社交界ですので、顔見せの挨拶は私には必要無いのです。
残念なのはダンスを踊り終えるまで、念の為飲食禁止にしていることでしょうか。
ダンス中に“うぷっ”となったら、王家の方々にお詫びどころか、斬首刑にされてしまいそうです。
食べたことのない高級な食事やスイーツが目の前にあるのに手が出せません。早くダンスが終わってほしいものです。


煌びやかな世界をただ鑑賞していましたが、とうとうダンスが始まりました。
国王陛下が中央に進み出られると、一人の令嬢の名前が呼ばれ、音楽と共にダンスが始まりました。
何番目にダンスを踊るのかは分かりませんが、頭の中はダンスのステップを間違わないようにイメージトレーニングに必死です。
とうとう私の名前が呼ばれ、中央にしずしずと進んでいくと、いつの間にか国王陛下から王太子殿下へとダンス相手が変わっていました。国王陛下は、あまりお若くは無いので、令嬢全員のダンスの相手はやはり体力的には無理なのでしょう。
キラキラとお美しい王太子殿下に手を取られ、ダンスのスタートです。

『おみ足を踏んだら百叩き』『おみ足を踏んだら島流し』
嫌な妄想が頭の中をぐるぐると回っております。いえ、実現してしまう可能性もあります。

王太子殿下のお名前はライオネル=ウェルツェル=ギエラ=シエルシャ様と仰られ、それはそれはお美しく、王子様を絵に描いたら、それは王太子殿下です。と断言するほどの王子様ぶりです。
御髪は天然もののゴージャスな少し長めの金色で、流れるように後ろに撫でつけてあり、ぱっちりとした二重の瞳は切れ長で、少しつり目ぎみな所が男らしさを醸し出しておられます。鼻梁はすっきりと通り、唇は薄め。スマートなのに細マッチョっぽくて、ほれぼれするほどのお姿です。

ちょっと遠目にお姿を拝見する分には、さぞや眼福だとは思うのですが、いかんせん目の前で手を握り合う状態だと、お美しいお姿を堪能する余裕などちぃっともありません。
エルシュワ様の御屋敷で待っているルルが、お土産話しを楽しみにしているとは思いますが、スキル不足のため、この体験が記憶に残っているかはあやしいものです。

曲も中盤になり、どうにかこうにかステップをこなしていると、ふと、なにか違和感を覚えました。
ステップの確認のため、出来るだけ気づかれないように足元を見ていた視線を王太子殿下の方へ向けると……。がん見です。がん見。
王太子殿下がなぜか私の顔を食い入るように見ていたのです。

(なにかやらかした~~~?)
一気に背中に冷や汗が流れ、手は震え、足はステップを踏み外しそうです。
やばい、やばい、やばい、やばい……。

早く曲終われ。ダンス終われ。
さっきから頭の中を回っていた、百叩きと島流しが現実味をおびて迫ってきます。
なんとかダンスが終了し、ひきつった笑顔を顔に張り付け、王太子殿下から離れてお辞儀をしようとしたのに……。

はっ、離れられないーっ。なんでっ!!
王太子殿下が握った手を離してくれないうえに、腰に回した手もガッチリと回されたままです。

どうすればいいのか、オロオロと周りを見回しても、王太子殿下のあやしい雰囲気に、周りは水を打ったように静まり返っており、皆が私と王太子殿下を注目しています。
王太子殿下はがん見のまま、ピクリともしません。

離して、離して、離してーーーっ! 新鮮一番の鮮魚の様に身を捩ってみますが、王太子殿下はびくともしません。
泣いてもいいですか? 
この事態は、田舎の男爵令嬢のキャパをオーバーしています。

異常な雰囲気を察した誰かが合図をしたのか、音楽がまた流れてきました。
周りの人達もホッとしたように動き出します。私も王太子殿下から今度こそ離れて、もとの壁の花へと戻ろうとしたのですが……。

グッと引き寄せられました。
2曲目? 2曲目を続けて踊るの!? デビュタントは1曲のダンスでお役御免ですよね。そうですよね!!

焦る私をよそにダンスは始まってしまい、あろうことか王太子殿下に引き寄せられ、より密着しながらダンスを踊るはめになってしまいました!
ライフメーターがそろそろ底をつきそうですが、なんとかステップを踏んでいきます。
デビュタントのお嬢様向けで、そんなに難しい曲ではありませんし、そんなに密着するようなダンス曲ではないのです。
それなのに、近いっ、近いっ、近すぎるっ!!
王太子殿下の顔が近い! 腰に回した手に力を入れるなっ!!

ぎゃ~っ、王太子殿下の顔が首筋に~っっ。うぎゃ~っ、匂いかがれてる~っっっ!!
やーめーてーっっ。顔近づけないでー。抱き締めないでー。

「撫でてくれ」
王太子殿下、がん見のままの一言です。
始めての御言葉がそれですか。そうですか。
お母ー様ーっ。お父ー様ーっ。たーすーけーてー。この人変態けってーーいっ!

長い、長ーい2曲目のダンスが終了し、ライフメーターはゼロです。
私はソッコーで手を離そうとします。早く、早く壁の花へと戻りたいのです。
離せっ。はーなーせーっ。
王太子殿下が握った手を離しません。離してくれませんっ。

やばいです!
このまま3曲目が始まってしまったら、やばいんです。
ダンスを踊るのは2曲目まではなんとかなりますが、3曲目を踊るのは、やばいんです。婚約者同士か、周りの人達に自分達の関係をアピールする人達の行為です。
ようするに『ウフフフ、私達できちゃってるのよん』という発表の場なんです。
いくら田舎の下位貴族の娘でもそれくらいの暗黙の了解は知っています。

焦ります。もがきます。
それなのに王太子殿下はがん見のまま離してはくれません。
涙があふれてきました。

“ガンッ!”
「お前何やってんだっ!!冗談もほどほどにしろっ!」
どなたかが王太子殿下の頭を殴り、その痛みに王太子殿下がしゃがみ込み、繋がれていた手が緩みました。

今ですっっ!
私は王太子殿下から手をもぎ離すと、貴族の娘ということも忘れ、礼儀もマナーもほったらかしにして、ダッシュで逃げだしました。
後ろから何か叫ばれているような気がしますが、私の健脚を止めるには至りません。
田舎育ちをなめてもらってはいけません。大広間を出て、馬車が止まっている場所まで一気に駆け抜けました。人生最速のタイムを叩きだしました。

その後、なんとか馬車の中に入れてもらい、エルシュワ子爵様がいらっしゃるまで、口から魂を吐きだしながら、ただ呆然としていました。