16 ― その後の二人
※ 最終話です。
早朝に大勢の王宮関係者を引き連れた王太子殿下に拉致られたエルリーナです。
振り返って考えますと、街にあまり人がいない早朝でしたので、とてもありがたかったです。
ですが、カリエストロの白尾の皆さんや王宮関係者の皆さんの前で、壮大なラブシーンを演じたような気がします。
忘れたいです。黒歴史です。思い出すと身が捩れるような羞恥に見舞われます。
いつの間にか王宮に連れ帰られていました。
私は怒られるだろーなーとか、どんな罰が下されるのかなーとか思っておりましたが、なぜか『エルリーナ様が戻って来てくださって良かった』と、王宮関係者の方々に安堵され、喜ばれました。
あの気高く隙の無かった侍女長さんからは、目に涙を浮かべて抱きつかれてしまいましたし、騎士団長だというイケオジさんは『ありがとう、ありがとう』と、男泣きをされていました。
どうしていいか分からなかったです。
王太子殿下は、私を連れ帰って以降いつもべったりです。一時も私のことを手放さなくなりました。
王太子殿下の訳の分からない行動を、王宮関係者の皆さんは生温かい目で見ているだけで止めませんし、何も言いません。
不思議に思い、一度エルシュワ子爵様のお家でお会いしたことのあるガイアス様に聞いてみましたが、私のいない時の王太子殿下の荒れっぷりを教えてくれました。人が変わったように怒鳴り散らし、悪態をついていたらしいのです。
信じられませんけど。
執務室にも私を連れていき、膝抱っこで仕事をしようとするので、そりゃーもう拒絶させていただきました。
ガイアス様に助けを求めましたが、ガイアス様は笑っているだけで(それも爆笑)役には立ちません。
それどころか仕事が捗(はかど)るから、いいんじゃないかとか言いやがりました。殴らなかった自分を褒めてやりたいです。
そして今、王太子殿下は無双状態です。
私が入っていた部屋は何と“妃の間”といわれる部屋だったらしいのですが、寝室の扉をなくしてしまい、王太子殿下の部屋と続き部屋にしてしまったのです。私のプライベートを何だと思っているのでしょう。風通しが良すぎます。
色々と苦情を申し立てる議会には、ブラック王太子殿下で対応しているらしく、ガイアス様が『真面目だけだったあいつが、エルリーナちゃんに会ってから、黒いオーラが出せるようになったから、いいことだよ』と喜んでいらっしゃいます。なんだか触れない方がいい気がしたので、聞こえないことにしました。
そして、王太子殿下に手を引かれ後宮へと連れていたれたのですが、後宮は迎賓館へと変わっていました。なんでも側妃様も愛妾様も子どもが出来ないことを苦に実家に帰られてしまったらしいのです。
経費がだいぶ浮いて大助かりだと喜ぶ王太子殿下の隣で、同行していたガイアス様が何故か渋い顔をされていました。
私も後々王宮を追い出されるのかな、とチラリと思いましたが、上機嫌の王太子殿下に問いかける勇気はありませんでした。
王太子殿下は私を正妃にと望んでくださいましたが、議会が是とはいわず、紛糾しております。
こんな田舎の男爵令嬢を正妃に迎えるなんて、反対されて当たり前です。
ブラック王太子殿下と議会がさんざん交戦しましたが、私が正妃になることは無理という結論になったようです。
そこで王太子殿下は考えました。
まずエルシュワ子爵様の養女になり、次にシーサイス公爵家の養女(ガイアス様の義妹ですね)になるという、ポップ・ステップ・ジャンプ作戦です。
すぐに敢行しようとしましたが、お城に連れ帰られてから、僅か4ヶ月後に私の妊娠が判明し、男爵令嬢のまま、愛妾をすっ飛ばして側室になってしまいました。
王太子殿下は正妃に拘りましたが、時間切れでの妥協案だったようです。愛妾の子どもには王位継承権がありませんので。
愛妾まではいいのですが、側妃になると公務を担う義務があります。
お妃教育も受けていない私がどうするよ。とパニックでしたが、大丈夫でした。
ぜんっぜん大丈夫でした。
妊娠ですよ妊娠。ろくに公務をする暇もなく続けざまの妊娠です。
第1王女シルビイナを出産後、王太子殿下が国王を戴冠しましたが、後に第2王女アイリイナを出産。
次に第1王子アレクセイを生み、世継ぎを産んだとして正妃へと迎えられました。
王宮の成人パーティーから7年目、男爵令嬢のままでした。
「みこちゃん、撫でて。ちゃんと撫でで」
私の膝の上に頭を置いた王太子殿下が文句をいっています。
私室では“タロ”にもどります。
いっつも構え、撫でろと煩いです。
王太子殿下が前世のことを思い出したのかと思っていましたが、そうではなく、自分のことを“タロ”とは思っていても、自分の前世が犬だったとは知らないようです。
お父さん達のことも“知ってる”、“憶えてる”とは言いますが、なんだか曖昧らしいです。
私も『あなたは前世犬だったよ~』とは言えず、うやむやになっています。
ただ『帰ってくる』って言ったのに帰ってこなかった。『待ってろ』って言ったから待っていたのに帰ってこなかった。と、しつこく、しつこく、それはもうしつこく責められ。私も約束を破った罪悪感から強くは出られず。ずるずると王宮に留まり、今に至ります。
「みこちゃん。早く撫でて」
今も撫でろ攻撃がうるさいです。
でもここで撫でてしまうと、やばいんです。
頭を撫でると、お腹も撫でろと言い出します。
なんでもお腹を撫でられるとデローンとなって、リラックスできるらしいのです。
リラックスとは言いますが、嘘です。
リラックスなんかしていないと思います。
だって、王太子殿下のお腹を撫でると、王太子殿下自身が元気になるのです。
王太子殿下自身です。
で、そのまま王太子殿下に押し倒されます。
毎日撫でろ攻撃はうるさいです。
ええ、毎日です。
国王となったライオネル様は賢王と呼ばれておいででしたが、私室ではずーっと“タロ”のままでした。
おかげで私は男の子3人、女の子4人もの子どもの母となり、幸せな日々を過ごして行きました。
おわり
※ 番外編へと続きます。