3 ― 王太子殿下は見つけてしまった(2/2)
ライオネルは、いつものように顔におざなりな笑顔を貼り付けて会場の中に入っていく。
パーティーは代わり映え無く、顔ぶれもいつもの暇な貴族連中ばかりだ。違うのは、デビュタントを迎える令嬢達が参加していることぐらいだろう。
すぐに何人もの貴族達に囲まれ、うんざりするほど聞きなれた挨拶を受けていく。
今日は王宮主催の成人祝いのパーティーなので、デビュタントの令嬢達とダンスを踊らなければならない。
最初は国王が令嬢達とダンスをするが、途中から自分が交代し、最後に踊る令嬢と2曲ダンスを踊るようにと連絡が来ている。
最後の令嬢が公爵の娘なのだろう。
ただただ、面倒なだけだ。
どんな令嬢かなどの興味はまったくない。
またいつものように、いつの間にか後宮に1人、人が増えているだけだ。
ふと、何かの気配が気になった。
何かは判らないが、身体の中心から居ても立ってもいられないような感覚。
ライオネルは首を巡らしパーティー会場を見回す。
” いた “
ひっそりと壁にもたれるように立っている少女に目が吸い寄せられる。
見つけた!
ああ、やっと見つけた。見つけることが出来た。
待っていた。
ずっと待っていた。自分は待っていたのだ。
強い思いが体中から溢れてくる。
やっと、やっと、やっと。
ずっと、ずっと、ずっと。
焦がれるほどに、じれながら。ただただ待っていた。
あの少女を。
ライオネルは少女から視線が外せない。微動だにせず、ただ少女を見つめ続ける。
周りがライオネルの様子に訝しげな視線を送ってくるが、まるで気にならない。いや、気にする余裕など無い。
少女はデビュタントの令嬢らしくダンスの順番を待っているようだ。
そのことに気づくと、ライオネルは曲が終わるとすぐに広間中央へと進み出て、国王を押しのけるようにしてダンス相手を変わる。
国王は少し驚いたようだったが、すでに何人かとダンスをしており、自分が疲れているのを気遣ってくれたのかと、喜んで代わってくれた。
残念なことに始まったダンスの相手は焦がれた少女ではなかったが、あの少女はまだダンスを踊ってはいないはずだ。
身体は決められたダンスのステップを踏みながら、ダンス相手ではなく焦がれた少女の様子をうかがう。
少女は目の前の料理を熱心に見ており、こちらの気配には一切気づいていない。
早く少女から自分に気づいてほしい。
早く少女から自分を見つめてほしい。
早く少女の瞳の色が知りたい。
早く。
早く。
その後じれる思いのまま2人の令嬢のダンスの相手をすると、とうとうあの少女の順番がきた。
侍従が少女の名前を呼ぶ。
エルリーナ=コルストル男爵令嬢。
少女の名前を心に刻み込む。
エルリーナはライオネルの前へと進んでくると、すぐにお辞儀をする。
そして顔を上げるが、ライオネルを見てはくれない。微妙に視線は逸らされ、少し伏せられた睫毛のせいで、知りたいと願っているエルリーナの瞳の色がハッキリとは分からない。
それでも音楽が始まると、エルリーナが手を差し伸べてくれる。
歓喜が身体を駆け巡る。
逸る気持ちを抑え、エルリーナの手を取る。手が震えそうになるのをなんとか堪える。
もう2度と離さないという思いで腰に手を回す。
ダンスのステップを踏みだすが、エルリーナの視線はライオネルへと向くことは無い。足元が気になるのか、チラチラとそちらに視線を向けている。
こっちを見て。
自分を見て。
エルリーナの顔を見たい。その瞳に自分を映してほしい。自分のことを思ってほしい。
じれる思いでステップを踏む。
異変を感じたのか、エルリーナが驚いたように自分を見つめた。
エルリーナの茶色の瞳に自分が映る。
エルリーナの心の中に自分がいる。
唐突な思いが湧き上がる。
“エルリーナは自分のものだ”
ストンとその思いは確信となる。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
ダンスはあっという間に終わってしまったが、ライオネルが手を離せるわけがなかった。
手が離れないことに焦ったエルリーナが強く手を引くが、ライオネルの手から離れることは出来なかった。
エルリーナが身を捩るより早く、腰に回した手に力を入れる。
すぐに2曲目の音楽が流れ出し、ぐっと力を入れてエルリーナを引き寄せる。
エルリーナは身を固くして拒んでいるようだが、より近くに引き寄せて抱きしめるようにしてステップを踏んでいく。
エルリーナの体温を感じ、首筋に顔を近づけエルリーナの匂いを堪能する。
歓喜が身体の中を駆け巡り、もっともっとと本能が求める。
「撫でてくれ。」
ポロリと口から言葉が出てきた。
エルリーナに撫でてほしい。
ずっと、ずっと撫でてほしい。
自分の求めていたものはこれなんだと理解した。
エルリーナは涙目になり、ステップを盛大に間違えている。
2曲目が終わり、エルリーナが離れようとしているが、歯牙にもかけない。
3曲目も4曲目もパーティーが終わるまで、このまま踊っていたい。
“ガンッ!”
「お前何やってんだっ!!冗談もほどほどにしろっ!」
後頭部に衝撃が走り。あまりの痛さにその場にうずくまってしまった。
ガイアスが憤怒の表情でこちらを見ている。
エルリーナの手がするりと逃げていく。
「まって。エルリーナ待ってくれ!!」
ライオネルの悲痛な叫びにエルリーナは振り向かない。
人込みを縫うように広間から走り去ってしまった。